体育祭とワイングラス ⑤
杏奈はもともと創作ダンスに参加するつもりはなかった。
ダンスなんてしたことがなかったし、既にリレーの選手に選ばれていたので、ダンスは他の人たちに譲ろうと思っていた。
そんな杏奈が創作ダンスに参加することになったのは、クラスの友達に誘われたからだ。
杏奈を誘ったのは、川崎由依。金髪ギャルの背が高い女の子だ。
彼女のキリッとした目と細身の肉体美がかっこいいとわたしは思っている。
クラスで体育祭の種目の割り当てを話し合った時、体育の授業で百メートルリレーの選手に内定していた杏奈は静観していた。
わたしには関係のない話だと思っていた。
杏奈のクラスからは一組だけが参加することになっていた。でも、創作ダンスは参加人数や
グループ数に上限がない。だから話し合いのあとも参加者が募られていた。
ある日の昼休み。みんなでお弁当を食べていた時、隣の席にいる由依が言った。
「創作ダンスって楽しそうじゃね?」
杏奈はそれを聞いて意外だった。バレーボール部に所属している由依は部活一筋で、ダンスに興味があるとは思ってもみなかったのだ。
「ダンスに興味があるなんて意外だね」と杏奈は正直に言った。
「別にわたしはバレーバカやないから。バレー以外にもいろいろと興味があるお年頃という訳よ。ダンスに興味があるという訳やないけど、みんなで何かを創り上げることが楽しそうやなって思ったのよ」
「なるほど。確かにみんなで何かを成し遂げるって特別な体験だよね。由依は参加するの?」
「うん。わたしは参加することにした。あんたとね」
「わたしと? でも、わたしはリレーの選手にも選ばれているから、ダンスにも出たら目立ちすぎとかって思われないかな?」
「杏奈には誰も思わんよ。出たらいいやん」と前の席にいる向島凪紗が言う。
凪紗はテニス部に所属している黒髪の小柄な女の子だ。
彼女の大きな目と立派な胸をわたしはうらやましいと思っている。
そんな凪紗に由依が言う。
「他人事みたいに言っているけど、あんたも出るんだよ?」
「そうなん? まぁ、杏奈と一緒ならダンスをやってみてもいいかも」
「たしかに由依や凪紗と一緒に踊るなら楽しそうだけど、そもそも由依ってダンスを踊れるの? というより、創作ダンスだから自分たちで作らないといけない訳だよね?」
「そこは任せて。わたしのお姉ちゃんがもともとダンス部なんよ。それでお姉ちゃんと一緒にダンスを踊らされたこともある。だからお姉ちゃんたちに相談するよ」
「そうなんだ。それは心強いね。じゃあ、わたしもやってみようかな」
「そう来なくっちゃ! みんなでダンスするの楽しみやな」
そして杏奈たちはダンスの練習を始めた。ダンスは雛形を由依の姉に作ってもらって、それに杏奈たちのアイデアを加えて完成させた。
いきなりみんなで合わせるのは難しいので、まずは家での個人練習が続いた。
四月の下旬からは、時間を作ってみんなで練習するようになった。
部活があるので練習ができるのはお昼休みか下校前のわずかな時間、そして予定の合う休日だけだった。時間がない分、杏奈たちは集中して練習に取り組んだ。
その作業はとても楽しいものだった。みんなで少しずつ何かを創り上げていく。その過程がとてもワクワクした。
杏奈たちは創作ダンスに熱中した。みんなで合宿をすることもあった。
由依の家に泊まり込んで、夜遅くまでみんなで練習した。由依の家に大きな地下室があったので、騒音を気にせずに練習することができた。
そして杏奈たちは体育祭の本番を迎える。
他のグループが音楽に合わせて次々とダンスを披露する。杏奈たちはグラウンドで緊張しながら出番を待っている。自分たちで決めた音楽が流れると杏奈たちは踊り出す。
みんなで創り上げたダンスをみんなで踊る。その高揚感に杏奈は酔いしれる。
綾乃は見てくれているかな? かっこいいと思われたいな。
杏奈は踊りながら、応援席に綾乃がいることを確認する。最初はうつむきがちで静かに見ていた綾乃が、リズムに乗って次第に体を揺らしていくのが分かる。
杏奈は嬉しくなる。わたしがダンスをいちばんに見てほしいのは綾乃なんだ。
綾乃とこの楽しさを分け合いたいんだ。わたしは綾乃の笑顔が見たいんだ。
練習ではなかなかうまくいかなかったところも本番ではきちんと成功する。杏奈たちは視線を合わせて、その喜びをひそかに共有する。
ダンスがクライマックスを迎えると、杏奈たちは体を大きく動かして見せる。杏奈たちの息はピッタリと合っている。練習の成果が遺憾なく発揮されている。
楽しい。なんて楽しいんだろう。杏奈は高揚感につい笑顔があふれる。
そして杏奈たちは最後にポーズを決める。グラウンドに歓声が湧く。
グラウンドから退場した後、杏奈は興奮が冷め止まないまま由依に言う。
「すっごく楽しかった! ダンスに誘ってくれてありがとう。とってもいい経験になったよ。 来年もまたわたしたちでやりたいな」
「まじそれな! すっげぇ楽しかった! 今でも心臓のドキドキが止まらねぇよ」
「本当に! めっちゃ楽しかったわ! またもう一回やりたいくらい」
いつもは冷静な凪紗もテンションが上がっている。
杏奈たちは誰からともなくハイタッチをする。お互いの健闘を称え合う。そして、お互いを抱きしめる。やっぱり仲間っていいなと杏奈は思う。
「そういえばお昼ごはんはどうするん?」と凪紗が訊く。
「ウチらで一緒に食べる? それとも誰かと予定があるん?」と由依も言う。
「本当はみんなで食べたいところだけど、今日は綾乃たちと一緒にお昼を食べようって話していたんだ。ごめんね。みんながいると綾乃が萎縮しちゃうかもしれないから」
「いいってことよ! ウチらもそんな気がしてたのよ。杏奈と綾乃ちゃんの仲の良さは誰もが知るところやからな」
「そうそう。わたしたちのことは何にも気にせんでいいよ。その代わり、月曜日からは一緒にわたしたちとお昼ごはんやからね!」
「もちろん。今日は本当にありがとう! とっても楽しかった! お昼休みが終わったらまたクラスの応援席で一緒になろうね」
そう言って杏奈は、由依と凪紗にひとまず別れを告げる。そしてグラウンドの隅で綾乃たちに合流する。綾乃たちは家族と一緒にシートを敷いて待っている。
「お待たせ! いっぱい走っていっぱい踊って、もうお腹がペコペコだよ」
「だろうな。由佳の母親が作ってくれた特製弁当が待っているぞ」と綾乃が言う。
由佳のお母さんは料理教室の主宰をしているらしい。杏奈が今日いちばん楽しみにしていたと言っても過言ではないのが、由佳のお母さんが作ったお弁当だった。
「杏奈がいるからっていっぱい作ったらしいの。杏奈がたくさん食べてくれないとわたしたちじゃ食べきれないと思うから、頑張ってね」と由佳が言う。
「もちろん! 杏奈さんに任せなさい!」
そこで杏奈は、麗奈がぽつんと離れたところにいるのを発見する。
「麗奈ちゃん、どうしたの? こっちにおいでよ」と杏奈は近寄って声をかける。
「わたしなんかがみんなの中にいてもいいのかなと思って」と麗奈は言う。
「当たり前じゃん! 麗奈ちゃんもわたしたちの大切な家族なんだから!」
そう言って杏奈は、麗奈を強引にみんなのところに連れていく。
「麗奈、いらっしゃい」と杏奈の母親の清華が言う。そして体育祭はお昼休みを迎える。




