石黒杏奈の誕生日 ③
杏奈と綾乃は午後六時に恵や由佳たちと待ち合わせをしている。場所は阪急六甲駅の改札口の前。六甲駅は恵の最寄駅である。
地下鉄三宮駅行きのバスに乗り、摩耶ケーブル下という停留所で降りる。
そこから摩耶ケーブルで虹の駅に向かい、摩耶ロープウェーに乗り換えて星の駅で降りる。歩いて一分ほどで掬星台の展望台に辿り着く。
乗り換えなどの待ち時間を含めて、目的地には午後七時ごろに到着する予定だ。
杏奈と綾乃は少し早めに待ち合わせ場所に着いていた。
杏奈は綾乃からもらった誕生日プレゼントの青いTシャツに着替えている。
その上から家で着ていたオレンジ色のパーカーを羽織り、黒いロングパンツを履いている。夜は寒くなるかもしれないので、家を出る前に履き替えたのだ。
綾乃はもともと着ていたピンク色のワンピースの上に、薄手の赤いカーディガンを羽織っている。杏奈の家を出た後、自分の家まで取りに行ったものだ。
綾乃は白い小さなリュックサック、杏奈は黒いショルダーバッグを背負っている。
二人が待っているところに恵が現れる。
恵は白いTシャツの上に黒いブラウスを羽織り、ジーンズのパンツを履いている。
持ち物は最小限にしており、手荷物は小さな袋の他には何も持っていない。お尻のポケットに財布とスマートフォンを入れている。
「お待たせ。二人の方が早かったね」
「待っていないよ。わたしたちもさっき来たところだよ」
「き、今日の恵はスタイリッシュだな」
「そうか。いつもこんな感じだけど。むしろおしゃれは苦手なんだ」
「そうなの? かっこいいし、恵にとても似合っていると思うよ」
「そ、そうだ。恵はとてもかっこいい」
「そう言ってくれてありがとう。でも二人こそおしゃれじゃないか。綾乃は意外と可愛い服装で素敵だし、杏奈はスポーティーで似合っている」
「わ、わたしはいつもはジャージばっかりだけど、今日は杏奈の誕生日だから頑張ったんだ。お母さんと百貨店に行って一緒に選んだものだ」
「わたしが着ているこのTシャツは綾乃からの誕生日プレゼントなんだ! 嬉しくてさっそく着ているんだよ。綾乃は赤いやつをお揃いで買ったんだって」
「そうか、綾乃からの誕生日プレゼントか。杏奈らしくてとても似合っているぞ。実はわたしからも杏奈に誕生日プレゼントがあるんだ」
そう言って恵は、手に持っていた青い袋を杏奈に手渡す。
「ありがとう! とっても嬉しい! さっそく開けてもいい?」
「いいぞ。杏奈に似合っていると思って買ったんだ」
杏奈が袋から取り出したのは、紺色のベースボールキャップだった。
「すごい! とっても可愛い! さっそく被ってみるね」
「おお……やっぱりとても似合っているな。いつも元気な杏奈にぴったりだ」
「た、確かに。杏奈にぴったりだし、とっても可愛くなった。まぁ、杏奈はもともと可愛いんだけど。杏奈のことがいっそう好きになった」
「綾乃ってナチュラルにデレるよな。ほら、杏奈の顔が少しだけ赤くなっているぞ」
「ありがとう、綾乃……そう言ってもらえてとっても嬉しい。わたしも好きだよ」
「あっ、綾乃も顔が赤くなっている。二人とも本当に仲がいいな」
恵は頷きながら、二人の様子を満足げに眺めている。
そこに由佳が現れる。駅の改札口を通って、他の三人に合流する。
由佳はクリーム色のタンクトップに、シースルーの白いシャツを重ね着している。
その上からショート丈のブラウンジャケットを羽織っている。
下にはタンクトップと色を合わせたクリーム色のミニスカートと、ベージュ色のレギンスを履いている。他の三人がスニーカーなのとは違い、由佳は白いローファーを履いている。
「由佳はいつもおしゃれだね。今日もファッションセンスがずば抜けているよ」
「ありがとう、杏奈。いつも褒めてくれるから嬉しい。杏奈だってとても可愛いよ。特にそのTシャツと帽子が杏奈っぽくてとても似合っているよ」
「実はこの青いTシャツ、綾乃からの誕生日プレゼントなんだ! そしてこの紺色の帽子は恵がさっきプレゼントしてくれたもの! スニーカーも両親からのプレゼントなんだよ! 今日のわたしはみんなからの贈りもので出来ているんだ」
「それは素敵だね! 実はわたしも、杏奈にプレゼントを持ってきたんだ」
そう言って由佳が手持ちのバッグから取り出したのは、小さな青い箱だった。
「ありがとう! さっそく開けてもいい?」「もちろん」
杏奈が箱を開けるとそこにはシルバーのネックレスが入っていた。
先端にはハートが形作られている。
「すごく可愛い! でも、こんな高価そうなものをもらってもいいの?」
「大丈夫だよ。こんなに可愛いのに、三千円で買えたんだ!」
「すごっ! 本当にありがとう。大事にするね。わたしなんかに似合うといいけど」
そう言って杏奈はネックレスを首につける。
「か、可愛い……」思わず声を漏らしたのは綾乃だった。
「そう? 綾乃がそう言ってくれるなら、しばらくつけてみようかな……」
「杏奈、顔が赤くなっているよ? 杏奈と綾乃は本当に仲がいいね。そのネックレスを選んだ甲斐があったよ。とても似合っていると思う!」
「もう……恵も由佳もおんなじことを言う。それに恵だって顔が赤くなっているじゃん」
「え? そうなの?」そう言って由佳が恵の方に振り向くと、恵は両手で顔を隠す。
「は、恥ずかしいからあんまり見るな……」
「どうして恵は顔が赤くなっているの? ねえ、どうして?」
由佳は意地悪そうな笑顔で恵を問い詰める。
恵は余計に顔を赤くする。耳まで赤くなっているのが由佳には分かる。
「それは今日の由佳がいつも以上に可愛いからに決まっているじゃん……」
そう恵に言われた由佳は、分かっていたはずなのに自分も顔が赤くなる。
「恵に可愛いって言われるとなんだか恥ずかしいね……」
「なんだなんだ? お二人さんだってずいぶん仲がよろしいようで」
杏奈がからかうように言う。綾乃も大きく頷いている。
「う、うるさい! 別にいいだろ!」と恵が言う。
「ダメだとは言っていないよ。微笑ましいなと思って二人のことを拝顔している」
「そ、そうだ。ダメだとは言っていない。二人の仲がいいのは良いことだ」
「二人ともあんまりからかわないでよ……」由佳の顔は赤いままだ。
「と、ところでバスの出発時刻はいつなんだ?」話題を変えるように恵が言う。
「十八時二十分だよ」と杏奈が言う。
「そろそろじゃないか? 急がないと乗り遅れるぞ。行こう」
恵が急かすとみんなは一斉に走り始める。バス停はエスカレーターを降りてすぐのところにある。そこには何台かのバスが並んでいる。
「どのバスだ?」と恵が言う。
「奥に停まっている地下鉄三宮駅行きのバスだよ。摩耶ケーブル下を経由って後ろの電光掲示板に表示されているでしょう?」
「本当だ。六甲に住んでいながら、掬星台に行くのは初めてなんだ」
「へぇ、意外だね! でも地元に住んでいるとそういうものかもね」と由佳が言う。
みんなは続けてバスに乗り込む。座席が埋まっているので立っていくことにする。
「いざ、冒険の出発だ!」杏奈が両手を挙げて言う。
「お、大袈裟だぞ。単に夜景を見にいくだけだ」と綾乃が諭す。
「いいじゃん! とっても楽しみなんだもん!」杏奈がそう言うとみんなが笑う。




