石黒杏奈の誕生日 ②
部屋のノックが鳴って「準備ができたよ」という俊一の声がする。
抱き合っていた杏奈と綾乃は慌ててお互いに距離をとる。二人は裸になっている。
「あ、ありがとう。ちょっと待っていてね」と杏奈は言う。少しだけ声がうわずっている気がする。二人は急いで服を着る。俊一の足音は離れていく。
「びっくりしたね」と杏奈が言う。
「危ない。見られたらまずいところだった」と綾乃が言う。
「鍵を閉めているから大丈夫だよ」と杏奈は言う。でも、心のどこかで杏奈は思う。
家族になら別に見られても良かったんだけどな。むしろ、いつかわたしたちの本当の関係を知ってほしいと思う。そしてわたしたちの恋愛を認めてほしいと思う。
その思いを杏奈は心の奥底にとどめておく。今はまだ早いのかもしれない。
綾乃がピンク色のワンピースを着ているのを見て杏奈は言う。
「今日の綾乃は可愛いね。いつもはジャージばっかり着ているから」
「今日は杏奈の誕生日だから、特別にいつもはしないおしゃれをしてみた。可愛いって言ってくれてありがとう。杏奈もオレンジのパーカー可愛いよ」
「そう言ってくれてありがとう。お気に入りのパーカーなんだ」
そして二人は部屋を出る。杏奈が階段を降りていき、綾乃はそれについていく。
リビングに行くと、部屋の壁には飾り付けがしてある。
「たんじょうびおめでとう」という文字の切り抜きと、その下には「16」という形の風船がある。その周りにも大小の風船が装飾されている。
そしてダイニングテーブルの上には、いちごの白いホールケーキと人数分のチキンが置かれている。ケーキにはたくさんのろうそくが刺されている。
「杏奈ちゃん、誕生日おめでとう!」俊一と清華が声を合わせる。
俊一は頭にとんがり帽子をかぶってクラッカーを鳴らす。
「ありがとう!」と杏奈が応える。
テーブルの上のケーキとチキンを見て、杏奈は目を輝かせる。
「おいしそう! 用意してくれてありがとう!」
そこで綾乃も負けじと言う。「杏奈、誕生日おめでとう」
「ありがとう、綾乃。今年も一緒に祝ってくれて」と杏奈は応える。
そして杏奈と綾乃は、隣同士の席につく。杏奈の前には俊一が、綾乃の前には清華が座っている。机に向かって左に杏奈が、右に綾乃が座ることになる。
「杏奈に僕たちから誕生日プレゼントがあるよ」と俊一が言う。
そして清華が、リボンでラッピングされた箱を杏奈に渡す。
「ありがとう!」と杏奈が言う。「さっそく開けてもいい?」
「いいよ! 杏奈が喜んでくれたらいいんだけど」と俊一が言う。
杏奈が箱を開けると、そこには新品の真っ白なランニングシューズがある。
「わたしが好きなメーカーのやつだ! ちょうど今のシューズが古くなっていたから、新しいシューズが欲しかったんだよね。お父さんもお母さんもありがとう!」
「良かった。わたしと俊一がたくさん相談して選んだのよ」と清華が言う。
「高性能でとても履き心地のいいシューズらしいよ。杏奈に足を大切にしてほしいから選んだんだ」と俊一が言う。
「ありがとう。大切に使うね」と杏奈が言う。
「むしろ遠慮せずにたくさん履き潰してほしいよ」と俊一が言う。
「じゃあそうする。いっぱい履いていっぱい走るね!」と杏奈が言う。
「わたしからもうひとつ誕生日プレゼントがある」と綾乃が言う。
「チョコレートの他にもプレゼントがあるの?」と杏奈が訊く。
「そうだ」と言って、綾乃はリュックサックからプレゼントの袋を取り出す。
「開けてもいい?」と杏奈が言う。「もちろん」と綾乃が言う。
杏奈が袋を開けると、そこにはスポーツウェアの青色のTシャツがある。
「わたしが好きなブランドの服じゃん! スポーツウェアはいくらあってもいいからね。このTシャツとっても可愛い! ありがとうね、綾乃」
「実はわたしの分もお揃いで買ってあるんだ。わたしは赤色にした。わたしは運動をほとんどしないけど、普段使いにしても可愛いと思うんだ」
「確かにそうだね。今度どこかに出かける時は一緒に着ようね!」
「そ、そうしよう。楽しみだ」と綾乃が言う。「わたしも!」と杏奈が言う。
「じゃあロウソクに火をつけるね」と俊一が言う。マッチを取り出して火をつける。
ホールケーキに刺されている十六本のロウソクに火が灯る。
そこで清華が部屋の電気を消す。ロウソクの火の明るさが強調される。
「ハッピーバースデートゥーユー」俊一と清華が歌い出す。それに合わせて綾乃も歌う。
歌い終わると「誕生日おめでとう、ロウソクを吹き消して」と俊一が言う。
それを合図に、杏奈はロウソクに息を吹きかける。全ての火が一度で消える。
「さすが杏奈、一気に火を吹き消したね」と俊一が拍手をして言う。
「日頃の運動の賜物ね」と清華が言う。「すごいぞ、杏奈」と綾乃が言う。
「まあね。杏奈さんを舐めてもらっては困るよ」と杏奈が応える。
それから俊一はホールケーキを八等分に切り分ける。そのうち四つをそれぞれの皿に置いていく。「食べきれない分は明日にでも食べよう」と俊一が言う。
「わたしは余裕で食べ切れるけどなぁ」と杏奈が言う。
「楽しみは後に取っておくものよ」と清華が言う。「はぁい」と杏奈は応える。
四人は「いただきます」と声を合わせ、ショートケーキとチキンを食べ始める。
「おいしい! これならいくらでも食べられそうだ」と杏奈が言う。
「さすが、杏奈は食いしん坊だなぁ」と俊一が言う。
「杏奈が食べている姿を見ると私たちも幸せになるわ」と清華が言う。
「あ、あんまり食べすぎると太るぞ」と綾乃が言う。
「運動しているから大丈夫だよん」と杏奈は頬張りながら応える。
みんなが食事を終えると、俊一は姿勢を正して杏奈に言う。
「杏奈に言っておきたいことがあります。僕たちの家族になってくれてありがとう」
「杏奈がわたしたちの家族になってくれて、わたしたちはとても幸せです」と清華も言う。
「こちらこそ、わたしを家族にしてくれてありがとう。お父さんとお母さんがわたしを家族にしてくれたから、わたしは元気に過ごしています」と杏奈は応える。
そうなのだ。お父さんとお母さんがいなかったら、わたしは今頃どうなっていたのか分からない。紛れもなくお父さんとお母さんがわたしを救ってくれたのだ。
わたしはお父さんとお母さんにこれ以上ないくらい感謝している。
その気持ちは決して忘れてはいけないものだとわたしは思う。
わたしは孤独だった幼少期に思いを馳せる。そんなわたしにお父さんやお母さんが手を差し伸べてくれたのだ。そして綾乃がわたしに光をもたらしてくれたのだ。
杏奈は心の中で改めて「ありがとう」と言う。そして自然と笑顔がこぼれる。
そんな杏奈の笑顔を見て、他のみんなも笑顔になる。
杏奈は立ち上がって俊一のそばに移動すると、その頬に感謝の口付けをする。
「おっ! 嬉しいねぇ。ありがとう、杏奈」と俊一が言う。
それから清華のそばにも移動して、その頬にも感謝の口付けをする。
「ありがとう、杏奈。これからもよろしくね」と清華が言う。
そして杏奈は席に戻ると、隣にいる綾乃の頬にも口付けをする。
「ありがとう。綾乃にもたくさん感謝しているよ」と杏奈が言う。
「何を言っている。感謝するのはわたしの方だ」綾乃は頬を赤らませて言う。
「改めて、誕生日おめでとう!」と俊一が拍手をしながら言う。
「誕生日おめでとう。これからも杏奈が幸せに過ごせますように」と清華が言う。
「杏奈、誕生日おめでとう。わたしはこれからも一緒にいるよ」と綾乃が言う。
「みんなありがとう。みんながいてくれて、わたしは幸せ者だよ」と杏奈が応える。
杏奈の目にはいつの間にか涙が浮かんでいる。




