石黒杏奈の誕生日 ①
石黒杏奈の朝は早い。午前六時には目を覚ます。
杏奈は寝起きに苦労したことがない。朝はスッキリと目覚めることができる。
本日は五月五日(日曜日)、杏奈の十六歳の誕生日である。
杏奈はアラームが鳴る前に目を覚ますとすぐにベッドから起き上がる。カーテンを開けると朝日を浴びながら伸びをする。
「今日もいい天気だ!」と杏奈は言う。「いい誕生日になりそうだな」
杏奈はコットンの水色のパジャマから、スポーツ用の白いTシャツと黒いショートパンツに着替える。下着は寝ている時からスポーツブラにしている。
杏奈は毎朝ランニングをするのが日課になっている。
今日も杏奈は朝起きてすぐにランニングに出かける。早朝に走ると気持ちがいいので習慣にしている。
まだ寝ているかもしれない家族を起こさないように、杏奈は静かに家を出る。
そして杏奈は閑静な住宅地の間を走り始める。街には小鳥が鳴いている。
杏奈は無心になって走り続ける。いつものコースを走るとだいたい二十分ほど経っている。気がつくと杏奈は心地のいい汗をかいている。
早朝に走ることで杏奈は気分を入れ替えている。たとえどんなに落ち込むことがあっても、走った後はポジティブな気持ちになれるから不思議だ。
杏奈がランニングから帰ってくると、たいてい父親の俊一が朝ごはんを作ってくれている。銀行に勤めている母親の清華の代わりに、俊一が専業主夫をしている。
杏奈はフェイスタオルで汗を拭くとダイニングテーブルの席に着く。
今日の朝ごはんはロールパンとサラダとソーセージとスクランブルエッグだった。
「おいしそう! 作ってくれてありがとう」と杏奈は俊一に言う。
「そう言ってくれると、料理をした甲斐があるよ」と俊一は嬉しそうに言う。
そこで母親の清華も起きてくる。まだ眠そうに目をこすっている。
「お母さん、おはよう!」と杏奈が元気に言う。
「おはよう。相変わらず朝から元気ね」と清華が眠そうに言う。
「お父さんの朝ごはんを食べたら目が覚めるよ!」と杏奈が言う。
「そうね。食べましょう」と清華が言う。
そして「いただきます」と家族で声を合わせてから、杏奈は朝ごはんを食べる。
「やっぱりお父さんのごはんはおいしいね」と杏奈が言う。
「杏奈にそう言ってもらえると朝からとっても嬉しいよ」と俊一は笑顔で言う。
「本当に俊一は料理が上手ね」と清華が言う。
「ありがとう。今からプロを目指そうかな!」と俊一が冗談っぽく言う。
「がんばれ」と清華は気のない返事をする。
「お父さんならできるんじゃない?」と杏奈は笑いながら言う。
「そんなふうに言われても嬉しくないよ」と俊一は頬をふくらませる。
「お父さんがほっぺたをふくらませても可愛くないよ」と杏奈が言う。
「そんなことを言わないでおくれよ」と俊一は泣きそうな表情になる。
朝ごはんが終わると杏奈はシャワーを浴びる。ランニングの汗を流していく。
それから杏奈は室内用の白いTシャツと黒いショートパンツに着替える。その上にオレンジ色のパーカーを羽織る。
着替えを済ませると杏奈は自分の部屋に戻る。そして二日前に源三郎から紹介してもらった村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいく。
杏奈にもともと読書の習慣はなかった。でもこうして本を読んでみると、自分は読書が好きなのかもしれないと思う。杏奈はすぐに物語の世界に夢中になる。
「ねじまき鳥クロニクル」の章をひとつ読み終えると、杏奈は別の本に取り掛かる。図書館で綾乃たちが読んでいた本をそれぞれ買ってみたのだ。
杏奈はそれらの本にも夢中になる。そしていつの間にか時間は過ぎている。
午前九時を過ぎたあたりで玄関のチャイムが鳴る。
杏奈が下に降りると、そこには俊一に出迎えられた綾乃がいる。
綾乃はピンク色のワンピースを着ている。
俊一は「ようこそ、いらっしゃい」と綾乃に話している。
「綾乃! おはよう」と杏奈が言う。「お、おはよう」と綾乃が応える。
「誕生日おめでとう。ささやかだけどプレゼントを持ってきた」
「ありがとう! さっそく開けてもいい?」
「いいぞ。杏奈が気に入ってくれるといいけど」
杏奈はプレゼントの包装を開けていく。中にはいろんな形のチョコレートが入っている。
それぞれにいちごやキャラメルやピスタチオなどの味付けがしてある。
「すごい! おいしそう! わざわざ買ってきてくれたの?」
「昨日、お母さんと百貨店に行ってきた。そこで気に入って選んだものだ」
「綾乃も一緒に食べよう! わたしの部屋に行こう」
「綾乃ちゃん、ゆっくり過ごしてね」と俊一が付け加える。
そして杏奈と綾乃は部屋に移動する。部屋の真ん中に小さなテーブルがある。そこに杏奈はチョコレートを置く。綾乃はテーブルの前に座る。
「ちょっとドリンクを取ってくるね」と杏奈は言う。
「ありがとう」と綾乃が言うと、杏奈は駆け足で下に降りていく。
そして杏奈は二人分の紅茶を盆に乗せて部屋に戻る。
「紅茶を持ってきたよ。チョコレートに合うかなと思って」
「ありがとう。でも杏奈へのプレゼントなのにわたしが食べてもいいのか?」
「それは全然気にしないで。むしろ二人で味わいたいんだ」
二人はあっという間にチョコレートを食べてしまう。十五個あったチョコレートのうち綾乃が食べたのは三個で、残りは杏奈が食べてしまった。
「おいしかったね!」と杏奈が言う。
「結局、杏奈がほとんど食べたな。気に入ってくれて何よりだ」
「えへへ。おいしかったからついたくさん食べちゃった」
杏奈はゆっくり紅茶を飲むと、綾乃を連れてベッドに移動する。そして二人は、手を繋いだままベッドに寝そべる。杏奈の鼓動は少しだけ速くなる。
「今日は来てくれてありがとう。今年も一緒に誕生日をお祝いできて嬉しいよ」
「わたしも杏奈と一緒にいられて嬉しい。今年も誘ってくれてありがとう」
二人はそこでどちらからともなく口付けをする。唇のやわらかい感触がある。杏奈は全身が解けていくような感覚になる。幸せだなと杏奈は思う。
二人はお互いに優しく抱き合う。そしてそのまま束の間の眠りにつく。
杏奈はそこで短い夢をみる。杏奈は夢の中で綾乃と一緒に暮らしている。杏奈は仕事に行くための準備をしていて、綾乃はキッチンで料理をしている。
杏奈が「おはよう」と声をかけると、綾乃も「おはよう」と笑顔で返してくれる。
そこには何気ない幸せな日常がある。杏奈はそれを夢の中で実感する。
夢の中の杏奈はスーツに着替えを済ませてキッチンに行く。綾乃はエプロンをして味噌汁を作っている。杏奈はその後ろ姿を見る。たまらなく愛おしいと思う。
杏奈は綾乃に後ろからそっと抱きつく。綾乃の背中に顔を埋める。
「どうしたの?」と綾乃が優しい口調で言う。綾乃は杏奈の手にそっと触れる。
「好きだよ」と杏奈が言う。「わたしも」と綾乃が言う。そこで二人は口付けをする。
杏奈は下半身が濡れていくのがわかる。やがて二人はお互いの体を確かめ合う。
綾乃の手が自分の胸に触れる。快感がしびれるように全身を走る。
杏奈も綾乃の胸にそっと触れる。綾乃は気持ちよさそうに口を半開きにしている。その表情がとても可愛いと杏奈は思う。杏奈はもう一度、綾乃に口付けをする。
そこで杏奈は目を覚ます。目の前には綾乃の穏やかな寝顔がある。
杏奈はつい笑顔がこぼれる。眠っている綾乃の唇に杏奈は口付けをする。
そこで綾乃も目を覚ます。綾乃はつぶらな瞳で杏奈を見つめる。
二人はお互いに抱きしめ合う。そして二人は舌を深く絡ませる。




