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山本源三郎は人生を語る ③

 私はいつも通りの憂鬱な朝を迎えました。全身が鉛のように重く、布団から起き上がることができませんでした。

 気分は重く沈んでいました。言葉にならない絶望が私を支配していました。

 私の誕生日は一月一日です。世間は正月を迎えて、私の気分と正反対の浮かれ模様でした。少なくとも私にはそうとしか思えませんでした。

 私はそんな世間の雰囲気に目と耳を塞いで、部屋でひとりうずくまっていました。

 私はこの日のために生きてきたはずでした。

 二十歳の誕生日に自分の命を断つ。その解放感を夢みて生きてきたはずでした。

 しかし、私に解放感はありませんでした。そこにはただいつもと変わらない憂鬱があるだけでした。実際に死ぬことを考えてみても、億劫でしかありませんでした。

 それでも私は重たい体に鞭を打って、死ぬことにしました。この先の人生に絶望しかないと考えていた私は、自分の決意に従うことにしたのです。

 私はロープを用意していました。台に乗ってロープを天井の梁に通して、先端に輪をつくりました。その輪に力をかけて、ロープが落ちないことを確認しました。

 あとはロープに首を通して、台を倒せばいいだけでした。

 実際、私は台に乗って、首にロープを巻きつけていました。あと数秒もあれば、私は生死の境界を超えていたのかもしれません。

 しかし、私は死ぬことはありませんでした。ドアの呼び鈴が私を押し留めたのです。

 私は死ぬことを中断して、呼び鈴に応えることにしました。呼び鈴の誰かに迷惑をかけたくなかったという他に、死ぬ時は静かに死にたいという気持ちがありました。

 私はドアを開けました。そこで、私は予想外の衝撃を受けました。

 そこには二十歳を迎え、美しい大人の女性となった雪絵がいました。

 私は思わず目を見開き、唾を大きく飲み込みました。

 雪絵の方も私を見て、驚いているようでした。雪絵は笑顔で言いました。

「源ちゃんだよね! びっくりした! ここに住んでいたんだね。隣の部屋に引っ越してきました、吉岡雪絵です。久しぶり! まさかここで会えるとは思わなかったよ! 今は看護学生をしているんだ。今までずっと実家で暮らしていたけど、どうしても一人暮らしを経験したくなって、おばあちゃんに相談したんだ。そうしたら、おばあちゃんが持っているアパートの中にちょうど空いている部屋があったから、そこを紹介してもらったんだ。隣に住んでいるのがまさか源ちゃんだなんて思わなかったよ。おばあちゃんも教えてくれたらよかったのに。隣が源ちゃんで嬉しい! これからもよろしくね」

 私はその瞬間、まるで人生に一条の光が差し込んだような気持ちになりました。

 死んでしまいたいという気持ちを、雪絵の笑顔が消し去ったようでした。

 私はもともと小さい頃から、雪絵に恋をしていました。その気持ちをひた隠しにして生きてきました。

 その雪絵が、私との再会を喜んでくれている。

 こんなことがあっていいのだろうかと私は思いました。

 同時に私は思いました。これからも私は雪絵に心を開けないままではないのか。

 しかし、その心配は杞憂に終わりました。

 圧倒的な孤独に苛まれていた私は、むしろ自分の方が雪絵との絆を求めていることに気づきました。

「ありがとう。雪絵ちゃん。こちらこそよろしくね」

 そう言って私は柄にもなく手を差し出しました。雪絵はそんな私に少しだけ驚いていましたが、すぐに笑顔で私の手を握り返してくれました。

 それから私たちは近くのカフェに出かけました。

 そして二人が離れてからの五年間、何があったのかを語り合いました。

 私は躊躇した後、自分が孤独と憂鬱に苛まれていたことを正直に語りました。

 天涯孤独の身でありながら、職場でいじめを受け、友人もなく、絶望の中で生きてきたことを雪絵に打ち明けました。

 私は自分のことを語りながら、雪絵がどのような反応をするのか怯えていました。

 暗い話を聞かせることで、雪絵が私と距離を置いてしまうかもしれない。

 それでも、私は自分の身の上を話さない訳にはいきませんでした。圧倒的な孤独に苛まれていた私は、とにかく誰かの共感を求めていたのだと思います。

 雪絵はありがたいことに私の目を見て、真剣に話を聞いてくれました。

 そして雪絵は私の手を握り、目に涙をためて言ってくれました。

「今まで本当につらかったんだね。源ちゃんが孤独に苦しんでいたこと、わたしは思いもしなかった。今まで連絡がなかったから、源ちゃんがうまくやっているものだと勝手に思い込んでいた。気がつかなくてごめんね。もし源ちゃんが苦しんでいることを知っていたら、わたしはすぐ源ちゃんの元に駆けつけていたと思う。わたしは今まで源ちゃんのことを忘れた日なんてなかったよ。いつも源ちゃんのことを考えていた。だって、源ちゃんはわたしにとって大切な幼馴染なんだから。源ちゃんがわたしのことをどう思っていたかは分からないけど、わたしは源ちゃんのことがずっと好きだったんだよ。だからね、これからはわたしが源ちゃんのそばにいる。源ちゃんが寂しい時は、わたしがいつでもそばにいるからね」

 私は雪絵にそう言われて自然と涙がこぼれていました。

 私は雪絵の手を握り返すと、声を抑えて泣きました。その間、雪絵も涙を流しながら私の手をずっと握ってくれていました。

 そして私は涙ながらに打ち明けました。

「ありがとう。僕も昔から雪絵ちゃんのことが好きだったんだ。君の明るさと強さにいつも僕は救われていた。でも、僕はその気持ちをずっと隠していたんだ。君と僕とでは生まれや育ちが違いすぎると思っていたから。僕なんかじゃ君には釣り合わないと思っていたから。でも、今の僕は切実に君を求めている。君と一緒にいたい。君のことが好きで仕方がない。僕は君のことをずっと夢に見ていた。君と再会できたなら。君と一緒になれたなら。でも、それは叶わない夢だと思っていた。願ってはいけない夢だと思っていた。だから僕は君に連絡を取ろうとしなかったんだ。本当にごめんなさい。僕は自分に対して素直になるべきだった。僕はきちんと手を伸ばすべきだった。吉岡雪絵さん。僕は君のことが大好きです。だから僕と一緒にいてください。僕と付き合ってください。どうかよろしくお願いします」

 私はそう言って頭を下げました。

 雪絵は涙を浮かべたまま笑顔で言ってくれました。

「はい、山本源三郎さん。私こそよろしくお願いします」

 それが私たちの馴れ初めです。それから私たちは毎日のように一緒にいました。

 私たちはお弁当をよく交換しました。私が雪絵のお弁当を作り、代わりに雪絵が私のお弁当を作ってくれました。

 仕事や勉強が終わった後、夕方になるとよく二人で散歩に行きました。そこで穏やかな時間を共有して、たくさんのことを語り合いました。

 そして休みの日にはよく一緒にピクニックに行きました。大きなお弁当を持って近くの公園まで遊びに行きました。大きな木の下でのんびりと過ごしました。

 そうして私たちはお互いの絆を深めていきました。

 雪絵が大学を卒業して看護師になるタイミングで、私たちは結婚しました。

 プロポーズは私からしました。付き合い始めてから二年後の一月一日でした。二人の記念日に合わせて「結婚してください」と告白しました。

 雪絵は幸せそうな笑顔で「よろしくお願いします」と言ってくれました。

 結婚後、隠居する雪絵のおばあさんについていく形で、私たちは神戸に引っ越しました。

 私たちは雪絵のおばあさんの新しい家に身を寄せました。雪絵は神戸の大学病院に就職しました。私は神戸の工場に転職して、夜間学校に通い始めました。

 高卒認定を取ると、私は国立大学の工学部に進学しました。

 そこで四年間、勉強に明け暮れた後、私は大手メーカーに就職しました。そこには定年まで研究員として勤め上げることになりました。

 その後、私たちには子供が生まれました。私たちは三十歳になっていました。

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