老人と犬、そして戦争 ①
石黒杏奈と白木綾乃は二人で下校している。
二人はいつものように夙川沿いのベンチに並んで座っている。
日付は五月一日で、木々には新緑が色付いている。杏奈は笑顔で話しかける。
「もうすぐわたしの誕生日だね!」
「そ、そうだな。もうすぐ五月五日だ」
「今年の誕生日はどうしようかなぁ?」
「どうしようもなにも、毎年杏奈の家で誕生日会をしているだろう。もちろん今年もわたしは参加するつもりだ」
綾乃は二年前から杏奈の誕生日会に参加している。
「そうなんだけどさ、せっかく高校生になったし、いつもと違うことがしたいなぁと思って」
「い、いつもと違うことって何だ?」
「うまくは言えないんだけど、おうちで家族と誕生日会ってだけじゃ、なんだか物足りない気がするんだよね」
「そうか? わたしにはよく分からんけど。家族と誕生日会って十分素敵なことだと思うぞ」
「もちろんそうなんだけど。家族との誕生日会も大好きなんだけど、それだと子供の頃から何も変わらないじゃん。わたしは高校生ならではの大人な誕生日を過ごしたいんだよ」
「こ、高校生はまだ大人じゃないぞ」
「でも、もう子供でもないじゃん」
「うーん、確かに。じゃあ杏奈はどんなことがしたいんだ?」
「うまくは言えないんだけど、大人がいないところで、わたしたちだけで夜を過ごしたい」
「そ、それだと杏奈のご家族が寂しがるんじゃないか?」
「もちろん家族との誕生日会はするよ、今年はお昼にね。その代わり夜になったらわたしたちだけでどこかに行こうよ。私は大人になりたいお年頃なんだよ」
「杏奈はどこか行きたいところでもあるのか?」
「うーん。夜の海辺とか? それか夜景が綺麗な山の上とか」
「よ、夜の海辺はちょっと怖いけど、山に登るのはありかもしれない。山の上だと星も綺麗に見えるだろうし。じゃあ六甲山に登るか? 掬星台という展望スポットを聞いたことがある」
「いいねぇ! すっごく楽しそう!」
「ところで家族との誕生日会には、今年もわたししか呼ばないのか?」
「どうしよう? 去年までは他の友達がいたら綾乃がつらいかなと思って、綾乃以外はあえて呼ばなかったんだ。でも、恵や由佳なら、綾乃の友達だから招待してもいいかもしれない」
「そ、それはいいな。二人が来てくれるとわたしも嬉しい。さっそく明日にも声を掛けよう。ちなみに掬星台はわたしたちだけで行くのか? それとも恵や由佳も一緒に行くのか?」
「わたしたちだけで行きたいって言いたいところだけど、せっかくなら四人で行ってみるか! そっちの方が盛り上がりそうだしね! まぁ、遅い時間だから、二人が来てくれるかどうかは分からないけど」
「そ、それも明日相談してみよう。掬星台まではどうやって行くんだ?」
「バスとロープウェイが出ているみたいだから、それを乗り継いで行こう。わたしたちだけでお出かけだよ! すっごく楽しそう!」
「た、確かにそうだな。わたしも楽しみになってきた」
そこで杏奈は隣のベンチに目を向ける。
そこには大きな犬を連れた一人の老人が座っている。
老人はメガネをかけた紳士風の姿で、背筋がすらりと伸びている。
老人と犬は日向ぼっこをして、気持ち良さそうに目を閉じている。
杏奈が老人の方を見つめていると綾乃が声をかける。
「どうしたんだ? 杏奈」
「気持ち良さそうに寝ているなぁと思って」
「たしかに。今日は気持ちの良い天気だからな」
そこで老人は目を覚ます。杏奈たちが自分を見ていることに気づくと、笑顔で会釈をする。
それにつられて杏奈たちも会釈をする。そして杏奈が声をかける。
「はじめまして。とても気持ち良さそうに眠っていらっしゃるので、見とれてしまいました。すみませんでした」
「いえいえ、こちらこそ恥ずかしい姿を見せてしまいました。いい天気だったものですから、つい」
「そんなことはないですよ。むしろ良いなぁと思って見ていました。そのわんちゃんも可愛いですし」
「ありがとう。今ではすっかり大きくなったけど、昔は小さくてね。私の亡くなった妻が一目惚れして飼い始めたんですよ。もう十五年くらい一緒にいます」
「そうなんですね。十五年も一緒にいると、もはや欠かせない大切な家族ですね。わんちゃんも気持ち良さそうに寝ていて良いですね」
「妻を十年前に亡くしてから、この犬の存在が私の支えになっていました。散歩中にこうしてよく一緒にうたた寝をするんですよ。そう言えば、もうすぐ誕生日だそうで。聞き耳を立ててすみません。私の亡くなった妻も誕生日が五月五日なんです。それでつい縁を感じましてね」
「そうなんですか! 奥さまと一緒の誕生日だなんて、とっても嬉しいです。誕生日は友達と一緒にどこかに出かけようかなと思っていて、すごく楽しみにしているんです」
「それは良いですね。私も妻の誕生日にはよく一緒に出かけました。今でもその情景が目の前に浮かんできます。誕生日、楽しんでくださいね」
「ありがとうございます。楽しんできます。おじいさんもいつまでも元気でいてくださいね」
「ありがとう。これからも元気に生きていきます。亡くなった妻の分まで」
そして杏奈と綾乃はベンチを立つ。杏奈は老人に手を振る。
「さようなら! ありがとうございました」
綾乃は老人にお辞儀をする。「あ、ありがとうございました」
老人は会釈をすると、前を向いて再び目を閉じる。犬は大きなあくびをしている。
「おじいさん、いい人だったね」と杏奈が言う。
「そ、そうだな。わたしは緊張して上手く話せなかったけど」と綾乃が返す。
「気にしなくていいよ。わたしがおしゃべりなだけなんだから」
「そうかな。わたしは人見知りを克服したいんだけど」
「無理に自分を変えようとしなくてもいいよ。綾乃はそのままで素敵なんだから」
「あ、ありがとう。杏奈にそう言ってもらえると嬉しい」
間を空けて綾乃が続ける。「あのおじいさん、気持ち良さそうだったな」
「ねっ! あのおじいさんを見ていたら、わたしもお昼寝したくなっちゃった。せっかく今日は部活が休みだし、早く家に帰ってゆっくりしようかな」
「そ、そうだな。それがいい。早く帰ってゆっくり休め」
「わたしは綾乃と一緒にお昼寝したいんだけど。ダメかな?」
杏奈は綾乃の顔をのぞきこんで、上目遣いで言う。
「し、しょうがないなぁ。一緒に杏奈の家でゆっくりするか」
顔の表情を緩ませながら綾乃は言う。それを見て杏奈も嬉しそうな表情になる。
「やった! 今日は綾乃と一緒にゴロゴロだよん!」
杏奈と綾乃は手を繋ぐと、夙川駅までの道を歩いていく。




