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みんなで集まる ③

 杏奈に助け出された時、由佳は泣きながら心の内を打ち明けた。

「実はわたし、前からいじめに遭っていたの。男子たちに体のいろんな部分を触られた。それがわたしにはつらかった。これまでわたしは気持ちを押し殺してきた。そうしないと心がもたないと思ったから。それでも心は限界で。わたしはずっと誰かに助けてほしいと思ってきた。でも、誰かに助けを求める勇気がなかった。他人を信頼することが出来なくなっていた。もし助けを求めた誰かが自分のことを無視したら。あるいは男子たちと繋がっていたら。そう思うとわたしは強烈な孤独感に襲われた。わたしはどうすればいいか分からなくなっていたんだ。だから石黒さんが助けてくれて、白木さんが受け止めてくれて、わたしはとても嬉しかった。ありがとう」

 綾乃は泣きながら由佳を抱きしめた。杏奈も目に涙をためていた。

 その日から二人と由佳との交流は始まった。

 由佳はいじめが終わっても、しばらくは後遺症に苦しんでいた。

 いじめられている時の光景がフラッシュバックして、過呼吸に陥ることがあった。

 その度に同じクラスだった杏奈や綾乃が支えた。

 特に席が隣だった綾乃は、由佳がパニックになるとすぐに彼女のことを労った。

 由佳の背中をさすりながら「落ち着いて。深呼吸して。時間がくれば治まるから」と優しく声をかけた。その優しい声かけに由佳は何度も救われた。

 次第に由佳のパニック発作は頻度が減った。

 いじめの光景を二人の優しさが塗り替えていったからだ。そう由佳はのちに語った。

 やがて三人は友達になった。支える関係、支えられる関係から、仲良しの関係へと変化していった。くだらないおしゃべりに花を咲かせるようになった。

 その頃のことを杏奈は思い出していた。こうして由佳が笑顔を見せるようになったことに、安堵していた。そのことを、由佳を目の前にしながら杏奈は思う。

 杏奈が自分を見つめていることに気づいた由佳は言った。

「どうしたの。そんなにこっちを見つめて」

「いや、ちょっと昔のことを思い出してね。由佳がこうして笑顔を見せてくれることがわたしはとっても嬉しいんだ」

 杏奈のその言葉に綾乃もうなずく。

「わ、わたしも嬉しい。何だかホッとする。最近は大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。あの頃の光景が悪夢になって目が覚めることはあるけれど、前みたいにパニックになることはもうないよ」

「何か大変なことがあったんだな」と恵が言う。「でも、それが過去のことになっているのなら良かった」

「恵にもあとで教えるね。わたしに何があったのか。恵だけには知っておいてほしいと思うんだ。他の誰にもこのことを話すつもりはないけどね」

「分かった。ありがとう。でも、無理はしなくていいからね」

「うん。こちらこそ、ありがとう」

 由佳はそう言って、隣に座る恵の手を握った。

 四人の食事が終わった後、由佳と恵は他の二人と別れて、近くの公園に立ち寄った。

 由佳が過去のいじめについて、恵に打ち明けることにしたからだ。

 由佳はたどたどしい言葉で少しずつ語っていく。話しているうちに涙が出てくる。

 中学生の頃、自分が男子生徒たちにいじめられていたこと。

 きっかけはある男子生徒の告白を断ったこと。

 それから悪い噂を流されたこと。やがて性的な嫌がらせが始まったこと。

 男子生徒たちに服を脱がされ、体を触られたこと。それを必死に耐えていたこと。

 それでも心は少しずつ荒んでいったこと。他人を信じられなくなったこと。

 中学二年生になって、杏奈がいじめから助けてくれたこと。

 それから綾乃が崩れそうな自分を支えてくれたこと。

 二人のおかげでいじめが終わりを迎えたこと。それから二人と友達になったこと。

 それらを恵は辛抱強く聞いてくれる。恵のこぶしにも力が入っていくことに由佳は気づく。由佳が話し終わると、恵も目に涙を浮かべている。

「つらかったね」と恵が言う。「でも、今はこうして笑えていて、本当に良かった」

「ありがとう。恵とこれからも一緒に笑い合いたい」と由佳が言う。

「うん。わたしから由佳にも話しておきたいことがあるんだ」と恵が言う。

 自分には両親がいないこと。東日本大震災で両親を亡くしたこと。

 今は祖母が育ててくれていること。祖母にはとても感謝していること。

 それでも時々、両親が恋しくなること。両親に会いたいと思ってしまうこと。

 それを子供の頃、祖母に打ち明けてしまったこと。

 祖母が悲しそうな顔をしていたこと。それを今でも祖母には申し訳ないと思っていること。

 それらを由佳も黙って聞いてくれた。恵の手を握りながら。

 そうして二人は自分たちの過去を共有した。それは二人にとって大切な出来事になる。

 お互いの荷物を背負い合うこと。二人の絆はこうして形作られていく。

 そこで由佳と恵は口付けをする。二人の近くには誰もいない。

 お互いの唇の感触を確かめ合う。柔らかい唇に触れる快感に、体を震わせる。

 そして二人は舌を濃密に絡ませ合う。相手の舌が自分の心の殻を解いていく。

 二人の境界が薄れていくような感覚。そして二人は一つの存在に溶け合っていく。

 二人は手を固く握り合っている。そこには二人だけの時間が流れている。

 一方の杏奈は、綾乃と一緒に家まで歩いている。由佳と恵に思いを馳せながら。

「今頃、二人はどうしているかな?」と杏奈が言う。

「お互いのことをゆっくり語り合えるといい」と綾乃が言う。

「そうだね。そして二人がもっと仲良くなるといいね」

「今までつらいことがあった分、幸せになってほしい」

 そうして二人は歩いていく。杏奈がふと綾乃に尋ねる。「最近は楽しい?」

「うん、楽しいぞ。恵や由佳もいるからな」と綾乃が答える。

「良かった。綾乃がそう言えるようになって。綾乃にも幸せになってほしいからね」

「わたしは幸せだと思う。今のわたしには友達がいるし、何より杏奈という大切な人がいる。それ以上に望むものはない」

 杏奈はその言葉に安心する。つらいことがあった由佳には幸せになってほしい。

 でも、綾乃だって孤独なつらい経験をしている。わたしにとっては、綾乃こそ幸せになってほしいんだ。

 そこで綾乃が杏奈の手を繋ぐ。「いつもありがとう」と綾乃が言う。

「こちらこそだよ」と杏奈が言う。「わたしの方こそ、綾乃のおかげで幸せだよ」

 そうなのだ。綾乃の孤独をわたしが救っただけではない。

 わたしも実は孤独だった。表面的にはたくさん友達がいて、温かい家族がいて、満たされているように見えるかもしれない。

 それでもわたしは孤独だった。何かが足りないような気がしていた。わたしの心の中心には虚無があった。その理由がわたしには分からなかった。

 わたしが何をしていても、どんなに笑っていても、心の底には悲しみがあった。

 その悲しみは通奏低音のように、いつもわたしの心の中にあった。

 それをわたしは綾乃と分け合ってきたのだと思う。わたしの心の中の虚無を、綾乃との日々だけが満たしてくれた。

 綾乃とは言葉にできない悲しみを共有しているような気がした。それは、綾乃との間でしか共有できないものだった。

 わたしは綾乃のおかげで幸せな日々を送ることができる。もし綾乃がいなかったら、わたしはどれほど悲しい思いをするのだろう。

 中学一年生の頃、綾乃と仲違いしていた日々を思い出す。あの頃、わたしの心には冷たい風が吹いていた。綾乃がいるからこそ、わたしの心は温かくなれるのだ。

 杏奈は綾乃の唇に口付けをする。それを綾乃は静かに受け入れてくれる。

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