みんなで集まる ②
「なんで人間ってお腹がいっぱいになるんだろうね」と杏奈が言う。
「お腹がいっぱいになっちゃったか」と恵が言う。
「ば、晩ごはんが食べられなくなるぞ」と綾乃が言う。
「晩ごはんのことは大丈夫。その前に走るから」と杏奈が言う。
「すごいねぇ、杏奈。わたしは走るとすぐに息が切れちゃうから」と由佳が言う。
「運動はわたしに任せて!」と杏奈はグーサインを見せる。「ところで、人間ってなんでお腹がいっぱいになるんだろうね」
「話を戻した」と綾乃が言う。
そこで杏奈が言い返す。
「だってお腹がいっぱいにならなければ、いくらだって食べることができるのに」
「も、もしお腹がいっぱいにならなければ、食べ過ぎて胃が破裂してしまうぞ」
「確かに。そう言われるとわたしは食べ過ぎるかもしれない。それでもわたしは永遠に食べていたいよ。なんでヒトは無限に食べられるように出来ていないのかね。生き物なんだから栄養なんていくらあってもいいでしょうに」
「わたしにはよく分からない。わたしはそもそも食欲を感じることがほとんどないから、たくさん食べたいという気持ちにもならない」
「それがわたしにはとても不思議なんだよね。食欲がないっていうのがいまいちピンと来ないんだ。わたしには食欲しかないからね」
「それはわたしにとっても不思議だ。どうして普段こんなにも食欲を感じないのか、わたしも知りたいくらいだ。ごはんをずっと食べずにいると、さすがに食欲も湧いてくるけどな」
「二人は食欲が正反対だね」と由佳が言う。「不思議だね。二人はこんなに仲が良いのに」
「というより、二人はいろんな意味で正反対だよな」と恵が言う。「運動の得意も、学校の成績も、性格だって全然違う。でも、きっとそれが歯車のように綺麗に噛み合って、奇跡のようなバランスの上に二人は成り立っているんだろうな」
「そうかもしれない」と杏奈が言う。「何より、綾乃と一緒にいるとホッとした気持ちになれるんだよね。だからわたしは綾乃と一緒にいるんだよ」
「わたしもそう」と綾乃が言う。「杏奈と一緒にいるとホッとする。ずっと一緒にいたいという気持ちになる。だから杏奈と一緒にいる」
「ところで朝野……恵と由佳も最近、仲が良さそうじゃん。二人だってキャラは全然違うのに一緒にいるよね」と杏奈が言う。
「お、わたしのことも下の名前で呼ぶのか。だったらわたしもそうしよう」と恵が言う。「杏奈が言う通り、わたしと由佳も性格はバラバラだ。でも一緒にいるとなぜかとても居心地がいいんだよ」
「恵にそう言われると何だか嬉しい」と由佳が顔を赤らめて言う。「わたしも恵と一緒にいると何だか落ち着くんだ。同時に何だかドキドキもする」
「へぇ、そうなんだ。もしかして由佳は恵のことが好きなの?」と杏奈が言う。
「あ、杏奈には言われたくないよ!」と由佳がそっぽを向く。「杏奈だって綾乃のことが大好きじゃん」
「そ、そんなことはないよ」と杏奈が顔を赤くして言う。
「そんなことはないのか?」と綾乃が不安そうに言う。
「い、いや。そんなことはある。わたしは綾乃のことが大好きだ」杏奈は慌てて訂正する。
「由佳はわたしのことが好きなのか?」恵がそこで口を挟む。
「そ、そうだよ……ごめんね、こんなことを言って!」由佳は恥ずかしそうに言う。
「そう言われるとわたしも嬉しい。わたしも由佳のことが好きだ」恵は顔を赤くして言う。
「そうなの?」由佳は嬉しそうに聞き返す。「恵もわたしのことが好きなんだ……そうなんだ。ふうん」由佳はまんざらでもなさそうに言う。
「好きとは言っても、別にそういう意味じゃないぞ。あくまでも友達としての好きだからな」恵は慌てて言い返す。
「そうなんだ……」由佳はあからさまにがっかりする。「わたしにとっては特別な好きだったんだけどな」
「ごめん……わたしもそうだ。わたしも由佳のことが特別に好きだ」恵は白状する。
「ほう……そうなのか。お二人さんもそういう関係なのか」と杏奈が言う。「だったら、わたしたちの関係もとやかく言わせないからね」
「も、もちろんだ。わたしには最初からそのつもりなんかない」と恵が言う。
「わたしもだよ。二人の関係をうらやましいなとは思っても、ダメだと思ったことなんて一度もないよ」と由佳が言う。
「そうなんだ。ありがとう」杏奈が込み上げるものを抑えるように言う。
「ありがとう。二人にどう思われるのかちょっと気にしていたから」と綾乃も言う。
「これからもよろしく頼むね」と杏奈が言う。
「もちろんだよ」と恵が言う。
「わたしたちこそ、これからもよろしくね」と由佳が笑顔で言う。
四人に少しだけ無言の時間が流れる。
杏奈はそこで由佳のことを不意に思い出す。
中学二年生になってすぐに、杏奈は同じクラスになった由佳の噂を聞いた。男癖が悪くて、男子生徒に体を売っているらしいという噂だった。
最初は半信半疑だった。そういう生徒もいるかもしれないと思っていた。
しかし、杏奈は見てしまった。由佳が放課後の教室で涙を流している姿を。
杏奈は聞かずにはいられなかった。「どうしたの? 大丈夫?」
でも由佳は「何でもない」と言って教室から出て行ってしまった。
それから杏奈は由佳のことを気にかけるようになった。由佳は暗い性格で心を閉ざしているような印象があった。噂に聞いた奔放な性格とは真逆のように思えた。
ある日の放課後、綾乃と歩いていた杏奈は、由佳が男子生徒たちに連れて行かれるところを目にした。
由佳の表情は暗かった。何かを必死に押さえ込んでいるような表情だった。
杏奈は言った。「あの子の様子をちょっと見てくるね。綾乃は教室で待っていて」
綾乃はつらそうな表情をしていた。由佳への感情移入と無力感があったという。
杏奈は由佳を追いかけた。由佳は体育倉庫の中に連れられて行った。由佳に遅れて体育倉庫に着いた杏奈は、扉のわずかな隙間から中をのぞいた。
由佳は性的な暴力を受けていた。服を脱がされて全身を触られていた。由佳の悲痛な表情を杏奈は目にした。杏奈は許せないと思った。全身に怒りが湧いた。
杏奈は扉を開けると男子生徒たちに言った。
「あんたたち、何をしているの! 今すぐにその子から離れなさい」
そのまま杏奈は男子生徒たちに殴りかかった。運動神経が良くて体が機敏な杏奈は、すぐに男子生徒たちを制圧した。
それから杏奈は由佳が涙を流していることに気づいた。杏奈は由佳に声をかけた。
「大丈夫? とりあえず服を着て教室に戻ろう」
由佳の体を支えながら教室に行くと、そこには綾乃が待っていた。
簡単な事情を綾乃に説明すると、綾乃は涙を流しながら由佳のことを労った。
「大丈夫? もう安心だからね。後のことはわたしたちに任せて」
「実はわたし……」そう言って由佳は、泣きながら今までの事情を杏奈と綾乃に打ち明けた。「二人になら話してもいいと思ったんだ」と由佳は言ってくれた。
綾乃は泣きながら由佳のことを抱きしめた。
「今までつらかったね」と綾乃は由佳に声をかけた。
杏奈は目に涙をためながらその様子を見ていた。
それから杏奈は綾乃と一緒に由佳へのいじめを告発した。男子生徒たちは出席停止の処分を受けて、いじめは終わりを迎えることになった。




