13
真澄がリビングに戻ってきたのは、時間を持て余した菜穂子がコーヒーを淹れ終えてすぐだった。
「お、ナイスタイミング。コーヒーできたよ」
「……ああ」
「ん?スポドリか水の方が良かった?」
「いや、菜穂ちゃんの淹れたコーヒーが飲みたい」
何度も繰り返してきた日常会話なのに、今の真澄は噛み締めるように言った。とてつもなく嫌な予感がする。
でも菜穂子はすぐに問いただすことはせず、ソファに並んで座ってコーヒーを飲む。こっちだって心の準備が必要なのだ。
とはいえ、互いに黙ってコーヒーを啜る時間は、なかなか辛いものがある。
「……まあ君、お腹空いてない?」
耐え切れなくなった菜穂子がそう問いかければ、真澄はゆるく首を横に振った。
「いや。菜穂ちゃんは?」
「あー、私は事務所でヒイラギフーズのカップ麵食べたから平気」
「そうか。今日はデザートを買ってこなくて悪かったな」
「いいよ、そんなの気にしないで。それよりも、さ……」
マグカップをローテーブルに置いた菜穂子は、真澄を真っすぐ見つめる。
「私に何か言いたいこと、あるんだよね?」
「っ……!」
不意を突かれたかのように小さく息を吞んだ真澄だが、すぐに口を開いた。
「菜穂ちゃん、今すぐ離婚しよう」
「っ……!」
今度は、菜穂子が息を吞んだ。
ずいぶんと長いシャワー時間だったけれど、まさか風呂場でそんなことを考えていたとは。
「どうして?あと一ヶ月もすれば、離婚するんだよ?それなのに……」
「すまない。財産分与は当初の予定より多く支払うつもりだ。このマンションも菜穂ちゃんにやる。だから──」
「だからじゃない!」
強く遮った菜穂子は、真澄の肩をガシッと掴む。
「私は離婚したい理由を訊いてるの!財産分与のことなんてどうでもいい!」
「……っ」
「言えないの?それとも言いたくないの?」
口を貝のように閉ざした真澄に、菜穂子は泣きそうな顔になる。
「ド庶民の家庭の女と早く縁を切りたくなった?」
「まさかっ」
「じゃあ、私が男二人をぶちのめすことができる女だから幻滅した?」
「そんなわけあるか!」
「なら、ちゃんと教えてよ!!」
悲鳴に近い菜穂子の叫びに、真澄の肩がビクッと震える。
なんだか酷い仕打ちをしているように見えるが、泣きたいのはこっちのほうだ。
「まあ君……理由を教えてくれたら、ちゃんと離婚届書くから……そうじゃないと、私はずっと悩むし、後悔し続けるし……これから先、前に進めないよ……」
感情が昂った菜穂子の目は涙で潤んでいるし、声だって震える。
力任せに掴んでいる肩には指が食い込んでるから、真澄はすごく痛いはずだ。けれど、されるがままになっている。
それは、真澄の優しさだ。でも今は、別のところにその優しさを向けて欲しい。
その願いが通じたのか真澄は一度目を閉じ、すぐに目を開けて──菜穂子を優しく抱き寄せた。




