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「まぁ君は、私のためにどう動いたかは自分からは絶対に言わないと思う。でも、私はちゃんとわかってるよ……あの人は、そういう人だから」
出会った時から、真澄は無条件に菜穂子の味方になってくれる。
そこに甘えているわけじゃないが、彼の行動を制限するつもりもない。
「うん。菜穂子さんならわかってくれてると思ってたけど、ちゃんと言ってもらえると嬉しい。で、本題はこっからなんだけど、純玲はこれで諦める女じゃない。間違いなくまた何か仕掛けてくると思う。でも……俺や瑞穂じゃ役に立たないことがあるかもしれないし、兄さんだって四六時中菜穂子さんの傍にいられるわけじゃない。だから……」
一旦言葉を止めた幹久は、強い視線で菜穂子を見た。
「気を抜かないでください」
「わかった。気を付ける」
深く頷いた菜穂子を見て、幹久はホッとした顔を浮かべてくれたが、不安が完全に消えたわけじゃない。
「今回は精神的な追い込みだったけど、そのうち物理的な攻撃だってあると思う」
「物理的とは?」
「その……こういうこと口にすら出したくないんだけど、女性が嫌がるっていうかさ、死にたくなるようなこと」
「あっ、なるほど」
軽く頷いた菜穂子に、幹久は怖い顔になる。
「本当にわかってる?菜穂子さんさ、自分が思ってる以上に詰めが甘いってこと自覚してます?」
「してるよ。こう見えて私、物理的なやつに対処する方が得意なの。ただ……」
「ただ、何ですか?」
「やり過ぎて警察沙汰になったらどうしようって心配なだけ」
喧嘩慣れしていない菜穂子にとって、相手を徹底的に潰すより、手加減することの方が難しい。
できることなら今度こそ迷惑をかけたくないのだが、最悪やり過ぎてしまった場合、真澄や幹久の力を借りなくてはいけなくなる。
その状況を想像するだけで、菜穂子は申し訳ない気持ちになってしまう。でも──
「そっちかよ!」
「なほ姉、マジカッコイイ!」
幹久から全力で突っ込みを入れられ、瑞穂からはアイドルを見るような熱い視線を向けられてしまった。
二人の予想外のリアクションに、菜穂子はどんな表情を浮かべていいのかわからない。
「あ、えっと……」
「そういう心配なら無用です。警察沙汰になる前に、俺と兄さんで揉み消しますから」
「うちも、なほ姉が超ぉー被害者だよってネットに拡散するから!」
これ以上ないほど、瑞穂と幹久は頼りになる発言をしてくれたが、この二人だけは的にしたくないとも、菜穂子は思ってしまった。
それから会計を終えて、外に出る。晩夏の日差しを浴びて、冷房で冷えた身体が一気に熱を持つ。
「ふぅー、あっつ……ねぇ二人ともこの後はまっすぐ帰るの?」
財布をカバンにしまいながら菜穂子が瑞穂と幹久に尋ねると、二人は同時に首を横に振った。
「ううん。本屋寄って帰る」
「俺はこいつの付き添い」
幹久は最後に「行きたくないけど」と呟いたけれど、瑞穂はそれを無視して菜穂子に手を振る。
「じゃあ、なほ姉。また遊んでね」
「菜穂子さん、さっき言ったこと本当に気を付けて」
「うん、ちゃんと気をつける。瑞穂ちゃんもまた遊んでね。それじゃあ!」
菜穂子も瑞穂と幹久に手を振ってから背を向け、駅へと歩き出す。でも、次の角を曲がった瞬間に、足が止まった。
路肩に停まっている車に、見覚えがあったから。
「菜穂ちゃん、おかえり」
「まあ君!?どうしたの?」
後部座席から降りてきた真澄に、菜穂子は目を丸くする。
反対に真澄は、悪戯が成功した子供みたいな笑みを浮かべている。
「たまたま仕事が早く終わったし、菜穂ちゃんもそろそろ店を出る頃かなと思って、ちょっとだけ待ってた」
「そっか。タイミングが合って良かった!」
「そうだな。ほら、早く乗れ」
「うん」
無邪気に真澄の愛車に乗り込む菜穂子だが、これがたまたまじゃないことはわかっている。
今日の真澄の休日出勤は、菜穂子が食事会を楽しむためのもの。そして偶然を装っているけれど、かなり前から待っていてくれたのだろう。菜穂子が汗まみれになって帰らなくてもいいように。
そういった真澄の一つ一つの気遣いが嬉しくて、くすぐったい。
並んで後部座席に座った真澄は、菜穂子が目が合うと柔らかく微笑んでくれる。
──うん。こんなイイ男が、絶対に童貞であるわけない。
確信を得た菜穂子の頭に「じゃあ初めての相手は誰だったんだろう?」という下種な疑問が頭に浮かんだが、それを振り払うようにわざと「涼しい!快適!」とはしゃいだ声を出した。




