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真澄が再び口を開いたのは、しばらく経ってからだった。
「菜穂ちゃんも知っている通り、俺の生い立ちは色々あって……そのせいかどうかはわからないが……どれだけもがいても、結局は望む場所に辿り着けないんだと諦めてた」
真澄はそこまで語ると、片手で顔を覆って息を吐いた。細く、長く続く、魂を吐き出すような溜息だった。
「まあ君……」
たまらない気持ちになった菜穂子が声を掛けたら、真澄は顔を覆っていた手を離して弱々しい笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。できればこのまま、全部聞いてほしい」
「うん」
頷いた途端、真澄は菜穂子の手を握った。
「何をしても、どう足掻いても……無駄だと思ってた。でも産まれたばかりの赤ちゃんを見て、俺にも始まりがあったことを思い出したんだ」
「うん」
「望まれて産まれたわけじゃないかもしれないけど、俺は今もこうして生きてて、これからも生きようとしている。生きようとしてるってことは、未来を望んでいるってことに気づいたんだ」
「そっか」
相槌を打ちながら、菜穂子はなにやら哲学っぽい話だなと頭の隅で思う。
「ごめん、変な話して。こんな意味のない話をされても困るよな」
バツが悪い……というより、真澄は語ったことを後悔しているような顔をしている。それはないんじゃないの?
──あのさぁ、私、あなたの妻なんですけど?
たとえ期間限定であっても、夫である真澄が他の人を好きでいても、この世で一番近い存在は菜穂子なのだ。
それなのにその他大勢と同じように扱われ、菜穂子はイラっとする。しかし、ここで声を荒げれば、いつぞやの祝賀会と同じ展開になるのは目に見えている。
同じ失敗を繰り返すような愚かな真似をしたくない菜穂子は、真澄の頭を撫でることで気持ちを抑える。
「……菜穂ちゃん」
「要は、これからも前に進むってことだね。まあ君は」
真澄の頭から手を離して菜穂子が告げれば、これ以上ないほど綺麗な笑みが返ってきた。
「ああ。そういうことだ」
長い旅路から戻ってきたような顔をする真澄は、なんだか一回りイケメンになったような気がする。これ以上、直視するのは心臓に悪い。
ドキドキと早鐘を打つ心臓に、心の中で「おちつけ!」と叱りつけた菜穂子は、姿勢を正して真澄を見る。
「まあ君、今度は私の話を聞いてほしい」
「っ……!なるほど、そうくるか」
「そう来ます」
空港で張り込んだのは、恭司と孝美の赤ちゃんを見せたかっただけじゃない。むしろ、ちゃんと向き合って話をするためだ。
真澄が男泣きをするというアクシデントがあったにせよ、うやむやにする気はない。
そんな菜穂子の気迫が伝わったのか、真澄は観念したように肩をすくめた。
「わかった。お手柔らかに頼む」
両膝に手を置いて頭を下げた真澄に、菜穂子は苦笑する。
「そう身構えなくていいよ。っていうか、まずは謝らせて」
「謝る?誰が?」
「私が」
「菜穂ちゃんが、なんで?」
「それを今から話します……よしっ!」
ピシャリと言い捨てた菜穂子は、気合を入れて立ち上がる。
そして、真澄の目の前に移動した。




