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交際ゼロ日からの、契約結婚 ~夫が抱える25の嘘~  作者: 当麻月菜
涙があるからこそ、前に進めるのだ

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8

 真澄が再び口を開いたのは、しばらく経ってからだった。


「菜穂ちゃんも知っている通り、俺の生い立ちは色々あって……そのせいかどうかはわからないが……どれだけもがいても、結局は望む場所に辿り着けないんだと諦めてた」


 真澄はそこまで語ると、片手で顔を覆って息を吐いた。細く、長く続く、魂を吐き出すような溜息だった。


「まあ君……」


 たまらない気持ちになった菜穂子が声を掛けたら、真澄は顔を覆っていた手を離して弱々しい笑みを浮かべる。


「大丈夫だ。できればこのまま、全部聞いてほしい」

「うん」


 頷いた途端、真澄は菜穂子の手を握った。


「何をしても、どう足掻いても……無駄だと思ってた。でも産まれたばかりの赤ちゃんを見て、俺にも始まりがあったことを思い出したんだ」

「うん」

「望まれて産まれたわけじゃないかもしれないけど、俺は今もこうして生きてて、これからも生きようとしている。生きようとしてるってことは、未来を望んでいるってことに気づいたんだ」

「そっか」


 相槌を打ちながら、菜穂子はなにやら哲学っぽい話だなと頭の隅で思う。


「ごめん、変な話して。こんな意味のない話をされても困るよな」


 バツが悪い……というより、真澄は語ったことを後悔しているような顔をしている。それはないんじゃないの?


 ──あのさぁ、私、あなたの妻なんですけど?


 たとえ期間限定であっても、夫である真澄が他の人を好きでいても、この世で一番近い存在は菜穂子なのだ。


 それなのにその他大勢と同じように扱われ、菜穂子はイラっとする。しかし、ここで声を荒げれば、いつぞやの祝賀会と同じ展開になるのは目に見えている。


 同じ失敗を繰り返すような愚かな真似をしたくない菜穂子は、真澄の頭を撫でることで気持ちを抑える。


「……菜穂ちゃん」

「要は、これからも前に進むってことだね。まあ君は」


 真澄の頭から手を離して菜穂子が告げれば、これ以上ないほど綺麗な笑みが返ってきた。


「ああ。そういうことだ」


 長い旅路から戻ってきたような顔をする真澄は、なんだか一回りイケメンになったような気がする。これ以上、直視するのは心臓に悪い。


 ドキドキと早鐘を打つ心臓に、心の中で「おちつけ!」と叱りつけた菜穂子は、姿勢を正して真澄を見る。


「まあ君、今度は私の話を聞いてほしい」

「っ……!なるほど、そうくるか」

「そう来ます」


 空港で張り込んだのは、恭司と孝美の赤ちゃんを見せたかっただけじゃない。むしろ、ちゃんと向き合って話をするためだ。


 真澄が男泣きをするというアクシデントがあったにせよ、うやむやにする気はない。


 そんな菜穂子の気迫が伝わったのか、真澄は観念したように肩をすくめた。


「わかった。お手柔らかに頼む」


 両膝に手を置いて頭を下げた真澄に、菜穂子は苦笑する。


「そう身構えなくていいよ。っていうか、まずは謝らせて」

「謝る?誰が?」

「私が」

「菜穂ちゃんが、なんで?」

「それを今から話します……よしっ!」


 ピシャリと言い捨てた菜穂子は、気合を入れて立ち上がる。


 そして、真澄の目の前に移動した。

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