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「それじゃあ、行こっか」
「行く?……どこに?」
避け続けている話し合いをするのだと勘違いした真澄は、菜穂子から距離を取ろうとする。
しかし、それを予期していた菜穂子は、素早く真澄のアタッシュケースを奪い取った。これは、人質ならぬモノ質だ。
「おい!」
「大事な書類が入ってるのはわかってる。丁寧に扱うから、心配しないで」
「そういう問題じゃない」
「わかってる。一緒に来てくれたら返すから」
「……俺がこの後仕事があると言ったら?」
最強のカードを出してきた真澄に、菜穂子は好戦的な笑みを浮かべる。
「出張帰りのまあ君は、今日は一日オフっていう情報を掴んでますけど?」
「誰だ漏らした奴は!」
「さぁーねぇー?それよりコレ、返してほしいんでしょ?ついてきて」
すっとぼけた菜穂子は、真澄に背を向けて歩き出した。
それから一拍置いて、真澄の足音が重なった。
空港の外に出た菜穂子は、タクシーを拾うつもりだった。けれど、真澄のお抱え運転手である山南に捕まり、二人は彼の運転で首都高速を走っている。
後部座席に座っている真澄は、自分の思い通りにいかなくて不満なのか、どこに連れていかれるのか不安なのか、とても硬い顔をしている。
「今更だけど、出張お疲れ様。あと30分もしないで着くけど、疲れてるならちょっと寝たら?」
隣に座っている菜穂子がそんな提案をした途端、真澄は信じられないと言いたげに、目を大きく開いた。
「この状況で寝ろと?俺はそんなに神経が図太くない。菜穂ちゃんと違って」
「あっそ」
真澄の嫌味に、菜穂子は肩をすくめる。不思議と苛立つ気持ちはない。
むしろ拗ね顔になっている真澄を、可愛いとすら思ってしまう。
「ふふっ」
「何が可笑しいんだ?」
「内緒だよ」
「菜穂ちゃんは、よほど俺に苦痛を与えたいんだな」
「まさか。ワクワクしなよ」
「ワクワク?はっ、できるかよっ」
拗ねた顔から渋面になった真澄は、目を閉じた。不貞寝とも言う。
眉間に皺を刻んだ寝顔を見て、菜穂子は口元を両手で覆って笑いを必死に堪える。でも肩が小刻みに震えてしまうのは、どうしようもない。
「……菜穂ちゃん、随分と余裕だな」
目を閉じたまま呟いた真澄に、菜穂子は苦笑する。
余裕?そんなもの、あるわけがない。
真澄へ向かう気持ちを認めたら、菜穂子はこれまでどう接していたか、わからなくなってしまった。今だって、普通に接しようと頑張っているが、不安でたまらない。
もし仮に、菜穂子が余裕のある態度に見えるなら、それは菜穂子の努力の証だ。たくさん悩んで、耳から変な汁が出るくらい考えた結果なのだ。
そんな言葉が喉から出てきそうになるが、菜穂子はグッと堪えて「まあね」と前を向いたまま答える。
真澄は更に眉間に皺を刻んだが、到着するまで口を開くことはなかった。




