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「とにかくね、夫婦喧嘩はどっちが一方的に悪いっていうもんじゃないけど、私は菜穂子さんの味方だから!真澄さんに言いたいことがあるなら、ガツンと言ってやりなさい」
励ますように笑顔で言ってくれる智穂に、菜穂子は俯く。
祝賀会で、言いたいことを言ってしてしまった結果、こじれてしまったのだ。
遠回しとはいえ、菜穂子が真澄に言いたかったことは、自分に向かう気持ちをはっきり言葉にしてという要求だ。
妻の自覚がないというなら、本当に妻として振舞っちゃうよ?という警告も含んでいた。
真澄の返した答えは、無言。菜穂子に自覚がないと責めたのは、ただ引っ込みがつかなかっただけかもしれないし、本心をさらけ出したくなかったのかもしれない。
どちらにせよ、彼が飲み込んだ言葉は、菜穂子が欲しかった言葉ではなかったはずだ。
「……私、謝りたいだけなんです」
誰だって、心の中に踏み込んでほしくない領域がある。
あの日、菜穂子は真澄のそこに、無理矢理足を踏み入れようとした。無作法で、無神経な行為で、幻滅されても仕方がない。
それなのに、智穂は「子供みたいに逃げ回る旦那なんて、怒らせとけばいいのよ」と呆れ顔になる。まったく、他人事だと思って。
「これプレッシャーになるから言わない方がいいのかもしれないけど……私としたら一日も早く、菜穂子さんと真澄さんには仲直りしてほしいと思ってるの」
「そうなんですか?」
「もちろん」
大きく頷く智穂を見て、菜穂子は励まされた気持ちになる反面、とことん真澄は智穂の恋愛対象外なんだと思い知らされる。
なら、自分にもワンチャンあるかも。などと一瞬思ってしまったが、真澄を口説き落とせるような手練手管を持っているわけではない。
本当に、恋とは厄介なものだ。頭では叶わないとわかっているのに、気持ちは僅かな可能性を見つけようとしてしまう。
自分の醜い一面に気づかされた菜穂子は、また俯いて小さく息を吐く。自分は、どうしたいんだろう。
「……あのね、夫婦の形って色々だと思うの。傍から見たら不幸に思えても、すごく満ち足りた生活を送ってる夫婦もいれば、逆もある。夫婦の数だけ正解があって、その正解は二人にしかわからないんだと思うの」
静かな口調で語る智穂の言葉に耳を傾けていたら、自然と俯いていた顔が上がり、智穂と自然に目が合った。
「喧嘩は互いをより深く知るために必要なことよ。だから、喧嘩したことで落ち込まなくていいのよ。夫婦喧嘩をしない夫婦なんて、世界中探したってどこにもいないんだから。ね?」
目を細めて柔らかく微笑んでくれた智穂に、菜穂子は今度は俯かず「はい」と答える。
交際ゼロ日でも、離婚する日が決まっていても、今の自分は柊木真澄の妻なんだ。
──私なりに、夫婦の在り方を見つめ直そう。
そう決心した途端、宵闇の森に迷い込んでしまった不安な気持ちの中に、一筋の光が差した。




