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「本当は、智穂さん……私とまあ君……いえ、真澄さんがこじれてること、知ってたんじゃないんですか?」
自分でもびっくりするほど低い声が出てしまい、菜穂子は智穂と目を合わせることができない。
これじゃあ、言いがかりをつけているみたいだ。
間を埋めるために、菜穂子はティーカップを両手で包むように持ち上げる。口元に運んだら、茶葉の香りの中に柑橘系の匂いがした。
「それ、行きつけのお店の新作なの。ジメジメしてるからミントティーと悩んだんだけど、私はこっちの方が好きなんだ」
菜穂子の質問に答える代わりに、智穂は穏やかな声でそう言って紅茶を啜る。
それからゆっくりとティーカップをソーサーに戻した智穂は、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……ちょっと前からね、菜穂子さんと真澄さんが、なんかちょっと変だなって思ってたのは、ほんと。カマをかけるようなこと言って、ごめんなさい」
「い、いえっ。そんな」
慌てて首を横に振る菜穂子に、智穂もゆるりと首を横に振る。
「夫婦のことに第三者が首を突っ込むのは、マナー違反ってわかってるんだ。菜穂子さんだって、いい気持ちにならないと思うし。でも、どうしても気になっちゃって……」
「ですよね。真澄さんのこと、心配になりますよね」
「え?真澄さん?私……菜穂子さんのことが心配だったんだけど?」
「ええっ!?」
まさかの食い違いに、菜穂子は目を丸くする。
「私……てっきり智穂さんは、真澄さんのことが心配で、私に色々訊きたかったんだと」
「ううん。真澄さんのことなんか全然心配してないわ」
サクッと否定されて、菜穂子は真澄に同情してしまう。彼の想いは、一体いつになったら届くのやら。
「……ちょっとは、心配してあげてくださいよ」
思わず懇願してしまう自分に菜穂子は笑いたくなる。
一方、智穂はカラカラと声に出して笑っている。ったく、笑い事じゃないのに。
「ふふっ、そんな目で睨んでも、駄目。私が心配してるのは菜穂子さん、あなたよ」
「私のことなんて、心配しなくても大丈夫です。っていうか、こうなった原因は私にあるんですから」
「あら?片方だけが悪い喧嘩なんてないわよ」
頬杖をついて智穂はニッと笑う。余裕のある大人の笑みだ。
「特に夫婦喧嘩って、そういうもんじゃない?」
智穂から同意を求められて、菜穂子は言葉に詰まる。
「……あの……これって夫婦喧嘩……なんでしょうか?」
質問を質問で返した菜穂子に、智穂は呆れ顔になった。
「それはそうでしょう。だって菜穂子さんと真澄さんは、夫婦でしょ。その夫婦が喧嘩したんだから、夫婦喧嘩以外に何て呼べばいいの?」
また真顔で尋ねられて、菜穂子は言葉では言い表せない不思議な気持ちになってしまう。
言い争いでもなく、諍いでもなく──夫婦喧嘩。
”夫婦”という言葉が前にあるだけで、真澄との繋がりを感じてしまう。
「原因とか、経緯とかそういのが色々あったにせよ、菜穂子さんを避けて逃げまくる真澄さんは、絶対に大人げないと思うわ。だから菜穂子さん、ガツンと言ってやりなさい。この弱虫って!」
ぐっと拳を持ちあげる智穂に、菜穂子は思わず笑ってしまう。
おかげで肩の力が抜けたけれど、その分、罪悪感で胸の辺りが重くなった。




