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交際ゼロ日からの、契約結婚 ~夫が抱える25の嘘~  作者: 当麻月菜
涙があるからこそ、前に進めるのだ

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「本当は、智穂さん……私とまあ君……いえ、真澄さんがこじれてること、知ってたんじゃないんですか?」 


 自分でもびっくりするほど低い声が出てしまい、菜穂子は智穂と目を合わせることができない。


 これじゃあ、言いがかりをつけているみたいだ。


 間を埋めるために、菜穂子はティーカップを両手で包むように持ち上げる。口元に運んだら、茶葉の香りの中に柑橘系の匂いがした。


「それ、行きつけのお店の新作なの。ジメジメしてるからミントティーと悩んだんだけど、私はこっちの方が好きなんだ」


 菜穂子の質問に答える代わりに、智穂は穏やかな声でそう言って紅茶を啜る。


 それからゆっくりとティーカップをソーサーに戻した智穂は、申し訳なさそうに眉を下げた。


「……ちょっと前からね、菜穂子さんと真澄さんが、なんかちょっと変だなって思ってたのは、ほんと。カマをかけるようなこと言って、ごめんなさい」

「い、いえっ。そんな」


 慌てて首を横に振る菜穂子に、智穂もゆるりと首を横に振る。


「夫婦のことに第三者が首を突っ込むのは、マナー違反ってわかってるんだ。菜穂子さんだって、いい気持ちにならないと思うし。でも、どうしても気になっちゃって……」

「ですよね。真澄さんのこと、心配になりますよね」

「え?真澄さん?私……菜穂子さんのことが心配だったんだけど?」

「ええっ!?」


 まさかの食い違いに、菜穂子は目を丸くする。


「私……てっきり智穂さんは、真澄さんのことが心配で、私に色々訊きたかったんだと」

「ううん。真澄さんのことなんか全然心配してないわ」


 サクッと否定されて、菜穂子は真澄に同情してしまう。彼の想いは、一体いつになったら届くのやら。


「……ちょっとは、心配してあげてくださいよ」


 思わず懇願してしまう自分に菜穂子は笑いたくなる。


 一方、智穂はカラカラと声に出して笑っている。ったく、笑い事じゃないのに。


「ふふっ、そんな目で睨んでも、駄目。私が心配してるのは菜穂子さん、あなたよ」

「私のことなんて、心配しなくても大丈夫です。っていうか、こうなった原因は私にあるんですから」

「あら?片方だけが悪い喧嘩なんてないわよ」


 頬杖をついて智穂はニッと笑う。余裕のある大人の笑みだ。


「特に夫婦喧嘩って、そういうもんじゃない?」


 智穂から同意を求められて、菜穂子は言葉に詰まる。


「……あの……これって夫婦喧嘩……なんでしょうか?」 


 質問を質問で返した菜穂子に、智穂は呆れ顔になった。


「それはそうでしょう。だって菜穂子さんと真澄さんは、夫婦でしょ。その夫婦が喧嘩したんだから、夫婦喧嘩以外に何て呼べばいいの?」


 また真顔で尋ねられて、菜穂子は言葉では言い表せない不思議な気持ちになってしまう。


 言い争いでもなく、諍いでもなく──夫婦喧嘩。


 ”夫婦”という言葉が前にあるだけで、真澄との繋がりを感じてしまう。


「原因とか、経緯とかそういのが色々あったにせよ、菜穂子さんを避けて逃げまくる真澄さんは、絶対に大人げないと思うわ。だから菜穂子さん、ガツンと言ってやりなさい。この弱虫って!」


 ぐっと拳を持ちあげる智穂に、菜穂子は思わず笑ってしまう。


 おかげで肩の力が抜けたけれど、その分、罪悪感で胸の辺りが重くなった。

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