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「あるよ!」
声を荒げた菜穂子は、ダンッと足を踏み鳴らして真澄を睨みつけた。
なんかもう、すっごく腹が立つ。どうしてそんな事を真澄から言われないといけないのか、理不尽さで血管が焼き切れそうだ。
これまでの行動全部を否定されたような気持ちになった菜穂子は、気づけば真澄の胸倉を掴んでいた。
「逆に訊くけどさ、まあ君は私のどこが妻としての自覚がないと思ったわけ?」
「菜穂ちゃん、苦しい」
「手加減してるんだから、苦しくない!それより答えて!!」
「それは!……っ……」
真澄は激高して、何かを言いかけた。でも、言葉にする前に飲み込んでしまった。
それが無性に悔しくて、もどかしい。
「どうして答えてくれないの!?ちゃんと言ってよ!!」
真澄の胸倉を更に自分の方へと引き寄せて菜穂子は叫ぶ。
でも、真澄は何も言ってくれない。痛みを堪えるような顔をして、目を合わせようとすらしてくれない。
その姿は、一刻も早くこの時間が終わればいいのにと願っているようにすら見えてしまう。
──そんなに……嫌なの?
自分の思いの丈をぶつけても拒絶され、菜穂子の胸に悲しみが広がる。
もういっそ、そこにあるソファに押し倒して、服を剥いで、キスをして──全部全部ぶち壊しにしてしまいたい衝動に駆られた。
そうすれば、真澄が自分に対してどんな感情を持っているのかすぐわかる。
けれど、菜穂子はそうしなかった。目の前にある真澄の胸に額を当て、ギュッと目を閉じると、思いっきりその胸を押した。
手加減なしに突き飛ばされた真澄は、よろめいたが倒れることはなかった。
ただただ状況が理解できず、困り果てた顔をしている。
そうだよね。真澄にとったら自分は、一年後に離婚できる都合のいい結婚相手なだけだ。それでも──
「私さ、庶民だし、学歴だって普通だし、これといって自慢できるものもないけどさ、でも、まあ君と結婚することができて良かったって思ってる」
そこまで言って、菜穂子は真澄から距離を取る。
「まあ君に迷惑かけたこともたくさんあったし、非の打ち所がない奥様でいるなんて、これっぽっちもない。だから……さ……」
震える自分の手をギュッと握りしめて、菜穂子は真澄を真っすぐ見つめた。
「どこが悪いのかちゃんと言ってくれないとわかんないよ」
「……菜穂ちゃん。ごめん」
「謝らないで!」
菜穂子は激しく首を横に振る。その謝罪は「向き合えなくてごめん」なのか、この一連の行動について「ごめん」なのかわからないし、どちらにでも受け止められる。
そんな狡い逃げ方をされたら、余計に傷つく。今、菜穂子が欲しいのは謝罪ではなく、真澄が求める自分の立ち位置だ。
「謝らなくていいよ。ただ、私がどんな妻でいてほしいのか、ちゃんと言って。ね?」
息を整えて、もう一度目を合わせても、真澄は何も言ってくれなかった。
それが、答えなのだ。
「……そう。わかった」
現実を受け止めた途端、菜穂子の目に涙が浮かぶ。
「菜穂ちゃん……」
「もう、いいよ」
「菜穂ちゃん!」
「いいってばっ」
泣いている姿なんか、絶対に見られたくない。
腕を掴もうとする真澄を避けた菜穂子は、そのまま部屋を飛び出した。




