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傷ついた顔をする真澄に、菜穂子はまず最初に、狡いと思った。
でもどんな理由であれ、好きな人を傷つけてしまった事実は、菜穂子の冷静さを奪ってしまう。
「あ、ごめん……私、変なこと……言った……」
「謝る必要はない。俺が菜穂ちゃんにどう思われてるのか良く分かったから」
動揺する菜穂子に、真澄は冷たい声で言い捨てる。
ズキン、と胸がナイフで刺されたような痛みが走る。あまりの痛みに、菜穂子が左胸に手を当てたと同時に、エレベーターが到着した。
「乗るか?」
わざわざそんなことを尋ねる真澄が憎い。
「……乗る」
「そうか」
わざと間を置いて返事をするまでの間、真澄はドアを押さえて待っててくれてる。そういう一つ一つの仕草に、自惚れてしまいそうで嫌になる。
「一応言っておくが、あの部屋は俺がリモート用に使ってる」
「そうなんだ」
「ああ。あそこに俺以外の人間が入るのは菜穂ちゃんが初めてだからな」
「そうなんだ」
「そうだ」
エレベーターが動き始めた途端、釈明を始める真澄と、感情を殺して返事をする菜穂子。
異様に重たい空気が二人を包むが、息苦しさを感じる間もなく、エレベーターは目的の階に到着した。
長い廊下を歩いて、部屋の前に到着する。真澄が上着の内ポケットからカードキーを取り出して、鍵を解除する。
開いた扉の先には、リビングのような空間が広がっていた。
「ん?ここは……?」
「いわゆるスイートルームっていうところだ」
「ぅわ、すごっ!初めて見た」
ド庶民丸出しの菜穂子のリアクションに、真澄はクスリと笑う。
「カードキーは二枚あるから、一枚やる。気に入ったならいつでも来ればいい」
そう言って、真澄は菜穂子に予備のカードキーを差し出した。
「い、いい……!要らない!」
ブンブンと首を横に振って、菜穂子は後ずさる。
こんな部屋、使い方も、使う予定もない。
「俺が浮気してるかどうか、いつでもチェックできるのにか?」
「カードキーを渡そうとしてくれた時点で、浮気なんてしてないでしょ!?」
そもそも、自分以外の好きな人がいる相手と結婚したのだ。今更、浮気がどうのと責める権利は、菜穂子にはない。
そういった気持ちで拒絶しただけなのに、真澄は違う意味に捉えてしまった。
「つまり俺の浮気疑惑は解消されたってことか」
「え?」
「違うのか?」
「そ、それは……違いま……せん」
指をこねながら菜穂子が答えれば、真澄は満足げに「よしっ」と頷く。
何が「よしっ」なんだ?と、菜穂子が疑問を口にする間もなく、真澄は再び口を開いた。
「じゃあ、今度は俺から質問だ。菜穂ちゃん、どうして今日の祝賀会、他の男と一緒に来たんだ?」
急に怖い顔になった真澄は、菜穂子との距離を一歩縮める。
その圧に耐えかねて、菜穂子は詰められた分だけ後退してしまった。




