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真澄が菜穂子に近づく毎に、穏やかに談笑していた招待客は表情を変えた。
ざわざわと、どよめきが波紋のように広がる中、航平は菜穂子に視線を向ける。
「あの人、早波さんの彼氏ですか?」
真顔で尋ねる航平に悪意はない。ただこのタイミングで、そんな質問をするなんて、彼はとんでもなく空気の読めない男である。
「え、あ……その……」
恋人じゃなく、夫です。などと、この場で口にする勇気は、菜穂子にはない。
返答に困った菜穂子は、もにょもにょと言葉を濁しながら身を隠す場所を探す。しかし、あるのは壁と展示品が置かれたテーブルだけ。
困り果てた菜穂子はやむを得ず、航平の背後に移動した。
会場にいる耀太にも、純玲にも、自分の存在を知られたくない。そんな思いから取った行動は、他に手がなかったとはいえ、最悪の選択だった。
カツカツと、歩いていた真澄の足音が荒くなる。菜穂子が「あれ?」と思った時にはもう、真澄に手首を掴まれていた。
「おい、どういうつもりだ?」
「っ……!!」
低い声で尋ねられ、菜穂子は息を吞む。言い訳も釈明もできないくらい、真澄はとても怖い顔をしていた。
菜穂子の身体が、自分の意思とは無関係にビクッと震える。すぐに真澄は「しまった」という顔をするが、手を離してはくれない。
ギュッと掴まれた手首も痛いが、周囲の招待客から注がれる視線も痛い。
いたたまれない気持ちから、菜穂子はここにはいない所長に「騒ぎを起こしてごめんなさい!」と心の中で謝罪する。これは、完全なる現実逃避である。
とはいえ、菜穂子が意識を余所に向けても状況が変わるわけがない。
刑事みたいに鋭い眼光で自白を強要する真澄と、一人の女性に執着する社長の姿に、ある者は嫉妬を隠さず、またある者はゴシップ誌を読んだかのように目が爛々としている。
そのどれもが菜穂子にとって苦痛で、逃げ出したいものだった。
「まあ……いえ、柊木社長、手を離して──」
「柊木社長?は?」
TPOに合わせて呼び名をかけただけなのに、真澄は更に不機嫌になる。
真澄がどうしてそんなに苛立っているのかも、怒りを露わにしているのかも、菜穂子は全然わからない。
思い当たることといえば、祝賀会に参加することを黙っていたことだけだ。でも、隠していたからと言って、そこまで怒ることではないはずだ。
──もしかして、私がここに来たら都合が悪かった?
ふと思ったそれは、予想以上に菜穂子の心を傷つけた。
「……しょ、所長が……急病のため、代理で出席させていただきましたが、気分を害してしまったようで……申し訳ございません……」
震える声で謝罪した菜穂子は、真澄に頭を下げる。
咄嗟に紡いだ言い訳は、我が身を守るための嘘でしかない。でも、真澄からこれ以上怒りを向けられるくらいなら、嘘つきになった方がマシだ。
「ご不快に思われたのなら、すぐに……退場します」
だから、どうか私のことを嫌いにならないで。
そんな気持ちで、再び頭を下げた途端、乱暴に腕を払われた。ナイフで胸を抉られた痛みが走ったが、次の瞬間、痛みは驚きに変わった。
菜穂子の腕を払ったのは、真澄じゃなかった。隣にいた航平が、真澄に掴まれていた手首を無理矢理もぎ取ったのだ。




