6
なぜコイツが祝賀会に!?と、心の中で舌打ちした菜穂子だが、よくよく考えてみれば、彼の勤務先は広告代理店だった。
耀太は、外面だけはいい。きっとその特技を活かして、この祝賀会に顔を出したのだろう。契約を獲得するために。
すっかり元カレの存在を忘れていた菜穂子は、冷や汗を垂らす。
これがばったり街で顔を合わせてしまったという状況なら、睨んで、凄んで、もう一度「私の視界に入るな!」と警告すればいい。
しかし今は、大事な取引先が主催している祝賀会の最中だ。素の自分だけは絶対に見せてはいけない。見せたら、事務所の将来が危うくなる。
「……江上君、ごめん。ちょっとお手洗い行ってくる」
耀太が絶対に行かない場所は、女子トイレだ。とりあえずそこに逃げ込んで、対策を練ろう。
短時間で結論を下した菜穂子は、身体の向きを変える。しかし、足を動かすことができなかった。
なぜなら女子トイレに向かう進路に、純玲がいたのだ。
あなた成人式?と尋ねたくなるような絢爛豪華な振袖姿で、招待客の注目を集めている。
品よく微笑む姿は、これぞまさしく深窓の令嬢という感じだが、本物の深窓の令嬢はこんな人ごみの中にやってこない。
「承認欲求の塊ですか……!?」
思わず口に出してしまった菜穂子の突っ込みに、航平が「何言ってるんすか?」という目で見てくる。お願い、そんな目で見ないで。
「早波さん、トイレ行くなら俺も──」
「やっぱ、お手洗い行きたいのは気のせいだった……うん、気のせいみたい。あ、ノベルティが展示されてるねー、見てこよっ」
航平に事情を説明できない菜穂子は、彼の言葉を遮って再び身体の向きを変える。
きっと航平の目には、自分はイタイ人間に見えるだろう。辛い。しかし、このややこしい状況を、一言で説明できるほど菜穂子は語彙が豊富ではない。
それにしても所長の代理で祝賀会に出席しただけなのに、どうしてこんなにも追い詰められなきゃいけないのだろう。
胸にくすぶる感情は、苛立ちなのか、怒りなのか、よくわからない。とにかく、視界に耀太と純玲を入れたくない。
後を追ってくる航平に「どうか名前を呼ばないで」と祈りながら、菜穂子は、大股で歴代ノベルティが展示してある壁側に移動する。
そしてやっと壁際に到着しようとしたその時──
「菜穂ちゃん!」
耳になじんだ声は、間違いなく真澄のものだった。
トクンッと、菜穂子の胸が鳴る。好きな人から名前を呼ばれるだけで、馬鹿みたいに胸が震えてしまう。
でも、主催者であるH&Mデジタルの社長からフレンドリーに名前を呼ばれた結果、菜穂子は無駄に注目を集めてしまった。




