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H&Mデジタルの祝賀会は午後からだが、菜穂子と浩平は事務所に顔を出さず、祝賀会会場に直行する。これは、私用で代理出席を頼んだ所長からの、ささやかなお礼だ。
とはいえ金曜日を丸一日空けると、翌週の進捗に響いてしまう。そこが菜穂子は気がかりだったが、稲富と渡辺がしっかりサポートすると言ってくれた。
加えて、通勤服からフォーマル服に着替えをしなきゃいけないのは、正直言ってかなり面倒だ。
そんな事情があり、菜穂子は自宅マンションでゆっくり身支度を整えて、電車に乗った。
「……ちょっと早かったかな」
待ち合わせ時間の15分前に駅に到着した菜穂子は、キョロキョロと辺りを見渡すが航平の姿はない。
航平は遅刻はしないが、いつも始業時間のギリギリに出社する。
そんな勤務態度を知っている菜穂子は、どうせ今日も待ち合わせ時間のギリギリにしか来ないだろうと、高をくくってベンチに腰かけようとした。その時──
「早波さん?」
「はい?……あ、あ!もしかして江上君!?」
背後から声をかけられたけれど、一瞬誰かわからなかった。
少し間を置いて、航平だと知るや否や、菜穂子は素っ頓狂な声を上げてしまった。
それほどまでに、航平の姿は別人だった。
待ち合わせ前に、美容院に行ってきたのだろう。もじゃもじゃ頭は短くカットされ、顔の輪郭がしっかりとわかる。髪型も前髪こそ少し長いが、くせ毛を活かしたふんわりセットで、パッと見ると爽やか好青年でしかない。
「……人って、ここまで変わるんだね」
「それ、褒めてるんですか?」
露骨に嫌な顔をする航平に、菜穂子はふふっと笑う。
「うん。極上に褒めてる。江上君、いつもこうしてたらいいのに」
「……今日だけですよ。特別だから……月曜日からはいつも通りにします」
ぷいっと横を向く航平は、完全に不貞腐れている。だが、見た目が良くなったせいで、その仕草も”可愛い”の一言で片づけられる。
「そっか。なら、私はイメチェンした江上君を見ることができてラッキーだね。ってか、偉い偉い」
うんうん、と腕を組んで頷く菜穂子に、航平は「どこが?」と言いたげに胡乱気な視線を向ける。
「だってデザイン事務所の看板背負って来てる自覚があるでしょ?偉いよ。髪切って、ちゃんとパーティー仕様の服着てさ」
「それは早波さんだって同じじゃないですか。っていうか、俺、そんなに常識ないように見えます?」
真顔で問う航平から、すかさず菜穂子は目を逸らした。
「あー……ちょっと早いけど、会場行こうか。ここ寒いし……」
思わず、下手くそか!と突っ込みを入れたくなるほど、菜穂子は強引に話題を変えた。
そこに不満を持った航平は、眉間に皺を刻んで口を開こうとする。
でも声に出す前に言いたいことを飲み込んで、身体の向きを変えた。
「そうですね。行きましょう」
航平が何を言いかけたのか気になるが、菜穂子は藪をつついて蛇を出す真似はしたくない。
「……う、うん!」
とりあえず大きく頷いて、菜穂子は航平と肩を並べて歩き出す。しかし、航平の足はすぐに止まった。
「どうしたの?江上君」
「あ、言い忘れてたことがあって……」
「ん?なあに?招待状なら私が持ってるよ」
「そうじゃなくって!」
急に大きな声を出されてビクッとなった菜穂子に、航平は苦い薬を飲んだような顔になって口を開いた。
「……早波さんの今日の恰好、なんかいいですね」
「あ、どうも」
条件反射で、菜穂子はペコッとお辞儀をした。航平も釣られるように会釈を返す。
「じゃあ、行きましょっか」
「うん、行こうか」
若干、二人の間に漂う空気が変なものになってしまったが、菜穂子はあえて深く考えずに会場へと向かった。




