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「あなたも、あなたです。まあ君の出自なんて気にしない?離婚歴があっても平気ですぅ?そこ気にする前に、既婚者に結婚をせまる社会性の無さを気にすべきでしょ?」
息継ぎなしに菜穂子は一気に問いかけたが、純玲は何も言わない。ただその目は、ギラギラと殺気立っている。
それこそ近くにナイフがあったら刺されそうな危機的状況だが、菜穂子は純玲を煽るように、ニッと片方の口の端を持ち上げた。
「あと、まあ君と結婚したいって言ってるけど、あなたは大財閥の御曹司っていう肩書の男と結婚したいだけでしょ?違うの?」
重ねた問いに、純玲は答えなかった。けれども「あなただってそうなんでしょ?」と、嚙みつくように菜穂子を問い詰めた。
これが自滅の第一歩とも気づかずに。
「まさか。私、まあ君が今すぐ無職になってもいいですよ。っていうか、別に風呂なしアパートに住んでも平気ですし」
なにせ庶民なんで。と、菜穂子が心の中で付け加えれば、純玲はあからさまに、驚いた顔をする。素直かっ。
「金持ちと結婚すれば幸せになれるっていう考え、浅はか過ぎますよ。結婚相手って、肩書で決めるものじゃなくって、どんなに辛いことがあっても、どれだけ年月が経っても、揺らぐことがない決定的な理由が必要なんだと思います」
言い終えて、菜穂子は本当にその通りだと思う。
あの日──真澄からのプロポーズを受けたのは、無条件に菜穂子の味方になってくれたからだ。
スチール缶を片手で握りつぶせる握力にドン引きすることなく、浮気された馬鹿な女だと同情することも、憐れむこともなく。
それは菜穂子にとったら救いだった。真澄の前では、自分を偽ることも、飾る必要もない。
真澄に出会うことがなかったら、菜穂子は次の恋人にも素の自分をさらけ出せなかっただろう。ずっとずっと、相手が望む女性を演じ続けていたはずだ。
でも、そんな風に無理する必要はない。ありのままの自分を肯定してくれた真澄の存在は、菜穂子にとって希望にすら近かった。
「あなたのように肩書でしか人を見れない女性に、まあ君は不釣り合いです。二度と彼との結婚を望まないでください」
声高々に菜穂子が宣言すれば、美佐枝が「いい加減にしなさい!」と怒鳴りながら立ち上がった。
「好き放題言ってますけどね、あなたにとやかく言われる筋合いもなければ、言う権利もないのよ、菜穂子さん!」
「いや、ありますよ」
唾を飛ばしながら叫ぶ美佐枝とは対照的に、菜穂子はどこまでも冷静だ。なぜなら──
「私は柊木真澄の妻、柊木菜穂子ですから。婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立します。この国に住んでいる以上、金持ちだろうが、貧乏人だろうが、第三者が私たちの結婚に口出すことはできません。あれ?学校で習いませんでした??」
無教養なんですねぇーと言いたげに、菜穂子は最後はキョトンと首を傾げた。
「あ、あなた……!」
言葉すら満足に紡げないほど怒り狂った美佐枝は、顔を真っ赤にして菜穂子に詰め寄る。そして片手を大きく振り上げた。




