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ぼんやりとお正月の出来事を思い出していた菜穂子は、冷たい風が吹いて再びぶるっと身を震わす。
「とりあえず……帰ろ」
コタツがあろうがなかろうが、とにかく家に戻ってぬくぬくしたい。それに智穂の手料理は、おでんじゃなくても美味である。
毎日手の込んだ料理を用意してくれる智穂には、感謝の気持ちしかない。年明けからずっと過酷な日々が続いていたが、風邪ひとつ引かずに今日まで乗り切れたのは、智穂のお陰と言っても過言ではない。
心の中で智穂を拝んだ菜穂子の視界に、ケーキ屋が映り込む。まだ営業中のようで、ショーケースの中には、数種類のケーキが並んでいる。
これまでの感謝の気持ちにお土産を買っていくのは、アリ寄りのアリだ。
我ながら名案だと菜穂子が自画自賛したと同時に、カバンの中にあるスマホが鳴った。取り出してみると、智穂からメッセージが届いていた。
『ひいらぎ毛のひと着てる 返り贈らせて』
慌てて打ったのが、ひしひしと伝わる内容で、菜穂子は解読するのに数秒要した。
おそらく柊木家の人が来てるから、時間を潰して帰ってこいということなのだろう。
互いに連絡先を交換していたが、智穂からメッセージを受け取るのは初めてだ。
一瞬、真澄とイイ感じになっているから帰ってきてほしくないのかな?と思ったけれど、そういうことなら、もう少しマシな文面になるはずだ。それに、何か嫌な予感がする。
菜穂子は勘が鋭いわけじゃない。女の嗅覚が優れているわけでもない。
そんな菜穂子でも、あのマンションで良からぬことが起こっているのはわかる。柊木家の名が出たなら、なお更に。
菜穂子は少し悩んで、スマホの画面を閉じた。智穂に「急いで戻る」と返信したら、絶対に戻ってくるなと言われるに違いない。
自分が戻ることで、状況がもっとややこしくなるかもしれないことはわかっている。そうなったら、全力で謝罪する覚悟もできている。
それでも菜穂子は、自分の知らないところで真澄や智穂が辛い目に合っていることが、どうしても耐えられなかった。
運よく通りかかったタクシーを捕まえて、菜穂子は自宅マンションに戻る。
部屋の電気が付いているのを確認した菜穂子は、ヒールの音を響かせて部屋へと走る。玄関のキーを解除して扉を開けると、真澄と智穂の靴以外に、2足の見慣れないハイヒールがあった。
たまに遊びに来てくれる瑞穂は、スニーカーしか履かない。と、なると……これは《《あの二人》》に違いない。
菜穂子はカバンを胸のところで抱えて、そろりそろりと歩く。リビングに続く扉の向こうから話し声が聞こえた。
相手は、菜穂子の予想通り──真澄の母親の柊木美佐枝と、自称婚約者の純玲だった。




