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年が明けても、菜穂子が働くデザイン事務所は目が回るほど忙しい。
いや、これまで受けていた小案件とノベルティの納期に加え、ヒイラギフーズから新規依頼も加わり、年が明けてからの方が遥かに忙しくなった。
あまりに忙しすぎて求人をかける暇もなく、スタッフの机の上には栄養剤の空き瓶が並び、最終的になんかもう皆、変にハイテンションになりながら一つ一つ案件を処理していった。
そうして2月もあと数日といった今日、やっとノベルティデザインの納品が完了し、ヒイラギフーズからの修正依頼も先方から及第点を貰えることができた。
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ホワイトボードにデザイン案がペタペタと貼られたままだし、ヒイラギフーズからサンプルでもらったカップラーメンの段ボールが山積みになったままだけれど、菜穂子が働くデザイン事務所は、今日は定時で業務終了だ。
しかしスタッフはまだ帰らない。各自、紙コップに好きな飲み物を入れている。
「全員紙コップ持ったかい?じゃあ、ひとまず皆お疲れ様。それと最後まで気を抜かず、明日からも頑張ろう!かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
所長の音頭で全員、コップを掲げると、スタッフ同士で紙コップを合わせていく。
「いやぁー、ここの家賃の支払いに困らない日が来るなんて夢みたいだよ」
ほわほわと夢心地でそんな事を言う所長だが、紙コップの中身はウーロン茶だ。
ちなみに菜穂子を含めたスタッフも、中身は違えどノンアルコールの飲み物を飲んでいる。
しかしアルコールの力を借りなくても、一山超えた今日だけは十分に酔える。
「早波さん、ほんとありがとう!うちの子、来年大学受験だから転職しないですんで助かったわー」
「あたしも!親権取るのに無職じゃ厳しかったから、めっちゃ感謝してる!」
両脇からバツイチシングルマザーの稲富と、バツイチシングルマザー志望の渡辺から感謝の言葉を貰ったけれど、内容がちょっとディープで菜穂子は嬉しさより、安堵の方が大きい。
「お役に立てて光栄です」
「もぉー謙虚なんだからぁー」
「そういうとこ、ほんと好き!」
稲富からハグされ、渡辺から頭を撫でられた菜穂子は、へへっと照れ笑いをしてしまう。やっぱりあの日、打ち合わせをすっぽかさなくて大正解だった。
「ねぇ早波さん、良かったらこれを機に、もうちょっと専門的にデザインの勉強をしてみたらどうですか?」
唐突にそんな提案を口にしたのは、デザイン事務所で最年少──21歳の江上航平だった。
物静かな性格で、几帳面。仕事は丁寧だけれど、人付き合いが苦手。中肉中背で、もじゃもじゃ頭に眼鏡の彼は、典型的な職人タイプで、今日も大人しく少し離れた自分の席でオレンジジュースを飲んでいる。
航平はこれまで、事務所内で揉め事を起こしたことはなかったけれど、積極的にスタッフと関わろうともしなかった。
それなのに急に、菜穂子に対してフレンドリーな態度を取ったので、事務所は波を打ったかのように静まり返ってしまった。




