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「幹久と、瑞穂には……悪いことをしたけどな……」
本来なら、幹久が柊木グループの会長となり、瑞穂はそこまで一族から爪弾きにあうこともなかった。
全て真澄がこれまでとは違う行動をとったせいだ。
「あいつらは、きっと俺を殺したいほど憎んでるだろうな」
「こら!そういうこと言っちゃだめだよ、真澄君」
自責の念から片手で顔を覆った真澄に、智穂は立ち上がって厳しい声を出す。
「真澄君がやったことは正しいかどうかわからない。でも真澄君が罪悪感を感じてるのは、違う未来を知っているからでしょ?……悪いけど、真澄君以外の人は、自分に違う未来があるなんて知らないの。二人に対して申し訳ない気持ちを持ち過ぎないで」
智穂の言葉に、真澄は頬を打たれたかのように顔を上げた。
「……智穂さんはさ、ほんとどの人生でも厳しいこと言うよな」
「言うわよ。だって私は真澄君の保護者だし」
ふふっと笑う智穂は、歩を進めて窓のカーテンを開く。眼下に広がる街の光は正月でも煌々としている。
「ねぇ、真澄君。大人になるまで菜穂子さんと会えなくて辛かった?」
「当たり前だろ?」
なんでそんな馬鹿なことを訊くのかと、真澄は不機嫌になる。でも内心、心を見透かされたような気持ちにもなっていた。
幼少の頃、菜穂子と過ごしたひと夏は真澄にとって宝物だが、その想いは、繰り返す人生の中で恋慕ではなく執着に変わってしまったのではないか。
それを確かめるために、真澄は今回は菜穂子と出会うべき瞬間から逃げ出した。結果として、後悔しか残らなかった。
何度振られても、好きだと言ってくれなくても──でもやっぱり真澄は、菜穂子が好きなのだ。
「きっとね真澄君と菜穂子さんは結ばれると思う。真澄君が人生を繰り返さないでいられる日が絶対来る。もしね、本当にもしもの話だけど……万が一、上手くいかなくて真澄君が死んじゃっても、菜穂子さんが困らないように私が頑張るから。真澄君は自分の思った通りに行動しな」
自分が死ぬなんて縁起でもない話だし、智穂の発言は何の根拠もない。
けれど、智穂が穏やかな声でそう言ってくれるだけで、真澄は泣きたくなるほど安堵を覚える。
世界中でたった一人でも、自分の味方がいてくれることがどれほど心強いか。
「ありがとう、智穂さん」
「どういたしまして。ところでさ、真澄君!」
ニコッと笑顔になった智穂は、カバンの中から領収書の束を取り出した。
「これ今回の出張で使ったやつ。悪いけど、清算お願いしまーす」
「……あ、ああ……ん?これ……」
智穂から領収書を受け取った真澄は、それをパラパラとめくるが、次第に顔が引きつっていく。
「エステに、懐石に、化粧品に、フレンチに、洋服代……え?これ」
経費ですか?と目で訴える真澄に、智穂は無言のまま笑みを深くする。
「智穂さん、悪いがこれは経費で落とせま……す。はい」
敗北を認めた真澄に、智穂は「よし!」とガッツポーズをする。
そして財布の中身が寂しくなった真澄のために、二杯目のコーヒーを淹れてあげた。




