5
菜穂子はお喋りな性格というわけじゃないし、沈黙にさほど苦痛を覚えることもない。
しかし自分の発言で沈黙が生まれ、かつそれが車内となると、流石に辛い。
「……えっとぉー、どうしたらこの空気を変えることができるか教えてって訊くのは図々しい?」
恐る恐る尋ねた途端、真澄はぶはっと豪快に噴き出した。
「あははっははっ、なんだそれ」
笑い声を出す真澄は、肩も、ハンドルを持つ手も震えている。
自分の発言のどこが、彼の笑いのツボを刺激したのかわからないが、とにかく笑ってもらって何よりだ。
「純玲との婚約は、正確には俺の母親が一方的に決めた話だ。結納とか、そういうのはまだしてない」
「そっか。じゃあ純玲さんは自称婚約者ってことか」
「なるほど。上手いこと言うな」
ふむっと頷いた真澄は、また小さく笑う。
隣に座る菜穂子は、真澄が笑うたびに、なぜか心がウキウキしてしまう。
だからもっと笑顔になってほしくて「智穂さんのこと、私は応援してる」と言いたくなるが、グッと我慢する。その話題に触れると、真澄が苦い顔をするからだ。
「ところで、まあ君。今、私の実家に向かってるの?」
進む方向から推察して尋ねたら、真澄は「それでもいいが」と前置きして口を開く。
「菜穂ちゃんさえ良ければ、今日は俺に貸し切りになってほしいんだけど。駄目?」
「駄目じゃないよ。でもどこに行くの?自宅とは逆方向だけど……」
車内の窓に目を向ける菜穂子に、真澄は「内緒」とクツクツ笑いながら言う。
急にミステリーツアーが始まって若干の不安を覚える。でも──
(まぁ、いっか)
真澄が楽しそうだし、嬉しそうな顔をしているので、菜穂子はシートに身体を埋め、身を任せることにした。
*
小春日の日差しを受けて、水面がキラキラと輝いている。
寄せては返す波は穏やかで、まっさらな砂浜に足跡をつけたくなる──これが、夏ならば。
海岸沿いに車を止めた真澄は、スーツ姿で車を降りる。続いて降りた菜穂子は、ダウンコート姿だ。
「うわぁ、寒いっ」
車内から見た景色は非情に穏やかだったけれど、外に出ると思ったより風が強かった。
これが着物だったら裾がはだけてしまい、すぐさま車に戻っていただろう。着替えてよかった。
といっても、今、菜穂子が着ている服は、全て真澄からの贈り物である。
ミステリーツアーの最初の目的地は、真澄の大学時代の友人が経営しているセレクトショップだった。
正月休みにもかかわらず、急遽店を開けることになった店長は「お前じゃなかったら無視してた」とぼやいていた。
でもその口調は明るくて、これが軽口であるのは、他人である菜穂子にもわかった。
それからあれよあれよという間に、真澄は菜穂子の服から靴まで全て買い与えた。値札も見ずに。
選ばれた品々は、どれも菜穂子の好むデザインだったので、嬉しい限りではあったが、一点だけでも、まぁまぁ値が張る。コートから靴まで買うとなったら、菜穂子にとっては大金だ。
当然、菜穂子は全額負担はさせられないと訴えた。しかし真澄はそれを綺麗にスルーして、さっさと会計を終えてしまった。
その後、店内の一室を借りて菜穂子は和服を脱いで着替えをした。脱いだ着物は、真澄が綺麗に畳んでくれた。
着付けもできなければ、着物の扱いも全く知らない菜穂子は、心の底から申し訳なかった。




