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「それで、これからどうするの?」
立ちっぱなしでいるのに疲れたのか、智穂はドサリとソファに身体を埋めながら真澄に問いかけた。
「え?どうするって……?」
「一年後に、本当に離婚する気なの?」
「……どうだろう」
離婚したいかと訊かれれば否だ。でも、いつ回帰するかわからないリスクを抱えて結婚生活を続けたくはない。
「あのさ、俺がふりだしに戻った世界ってどうなってると思う?」
唐突な質問に智穂は目を丸くし、うーんと唸る。
「そこは考えたことなかったなぁ。まぁ……ベタだけど、真澄君が死んだことになるんじゃない?」
「そうだよな。やっぱり、そう考えるよな」
真澄も、智穂と同じ考えだ。だから菜穂子との結婚生活を続けることに躊躇いがある。
「俺のこと菜穂ちゃんは好きじゃないかもしれないけど、俺が死んだら多少は悲しむはずだ。それにどんな死に方をするのかわからないが、不審死扱いされたら菜穂ちゃんに迷惑がかかる」
万が一のことを考え、既に真澄は菜穂子のためにかなりの財産を用意している。でも、それはあくまで保険だ。
自分が死んだせいで、面倒な後始末なんかさせたくない。
そんな真澄の想いは、言葉にせずとも智穂は理解できたようで「確かにね」と呟いた。
でも納得はできないようで、頬杖をついて真澄を見る。
「でもさぁ真澄君、この一年の間に君がまた9歳に戻らなくても、死なない保証ってないよね?」
「っ……!そ、それは……」
「なんか綺麗事並べ立ててるけどさ、菜穂子ちゃんに隠し事してる自覚ある?」
「あるには……ある」
「そう。なら、いっそ全部喋っちゃえば?」
「は?……はぁ!?」
驚く真澄に、智穂は「どうせ恋愛対象外なんだから、引かれちゃってもいいじゃん。あははっ」と心をエグるような発言を重ねる。
「智穂さん、他人事だと思って……!」
「そうよ、他人事よ。だから客観的な意見ができるの!」
強く言い切られた挙句、智穂からデコピンまでされた真澄は、額を押さえながらジト目になる。
「……自分勝手な夫から、イタい夫に代わるだけじゃないか。冗談じゃない、そんなの」
拗ねた口調になる真澄だが、智穂の言うことに同意する自分もいる。
包み隠さず打ち明けたら、菜穂子は頑張って受け止めようとしてくれるだろう。もしかしたら、離婚しないでいいよと言ってくれるかもしれない。
でも、それじゃあ駄目なのだ。義理とか同情ではなく、菜穂子にちゃんと異性として見られたい。自分のことを好きになってほしい。
「なんかさ、他人事ついでにいっちゃうけどさぁー」
「うん?」
「真澄君の人生って乙女ゲームみたいだね」
ググッと伸びをした智穂から、辛辣な言葉を吐かれた真澄は、ものすごく苦い顔をする。
「あのさぁ、智穂さん」
「なぁに?」
「それ、毎回言ってる」
「でしょうね。だって私だし」
妙に納得する発言をした智穂に、真澄も前回と同じ返しをした。
「嫌だよ、こんなクソゲー」
吐き捨てた途端、智穂は「上手いこと言うねぇー」と言ってケラケラ笑う。
これも毎回同じリアクションだ。でも自分の代わりに、この呪いと祝福が混沌とする人生を笑い飛ばしてくれて、真澄は少しだけ心が軽くなった。




