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智穂が淹れてくれた紅茶は、とても香り高く”お紅茶”と呼ぶべき逸品だった。
「美味しいです」
一口飲んで素直な感想を菜穂子が告げると、智穂はふわわっと笑う。
「嬉しいわ。真澄さんはコーヒーしか飲んでくれないから、淹れる機会がなくて寂しかったの」
「そうですか」
サラリと口にした智穂の言葉は、真澄との付き合いが、家政婦以上のものだと暗に示している。
「智穂さんは、ここでどれぐらい働いてるんですか?」
「そうねぇ……真澄さんが引っ越して来てからだから……5、6年ってとこかしら」
「長いですね」
「ふふっ、言われてみればそうかも。でもあっという間だったわ」
カーペットに正座して微笑む智穂は、これまでの真澄との出来事を思い出しているのか、どこか遠くを見るような目つきになる。
「……ほんと、長い付き合いねぇ」
過ぎ去った日々を思い返すように、しみじみと呟いたその表情は、とても穏やかなものだった。真澄と過ごした時間が良いものだったことを物語っている。
そんな二人の間に入った自分は、邪魔者でしかない。
「あの、智穂さん……」
「なぁに?」
ニコッと笑って続きを促された菜穂子は、智穂と同じようにカーペットに正座する。
「ど、どうしたの!?菜穂子さん──」
「ちゃんとお話すべきことがあります」
目を丸くする智穂の膝に触れるくらい距離を縮めた菜穂子は、コホンと咳払いをする。
「私と真澄さんの結婚は、期間限定の契約結婚です。来年の秋に私たちは離婚します」
「え……!?」
「だから私のことは気にしないでください」
「ちょと、ちょっと待って。ごめんなさい……私、混乱して……」
「はい。智穂さんの気持ちわかります。離婚前提の結婚なんてあり得ないですし、ドン引きモノですよね。私自身も正直、なんで結婚しちゃったんだろうって思ってますんで」
あははっと菜穂子は声に出して笑うが、智穂は神妙な表情を浮かべる。
えっと……そんな顔をしてほしいわけじゃないのに。ただ安心してほしかっただけなのに。
「お二人の関係は、真澄さんから聞いてます」
「え……もう?知っちゃったの?」
「はい。細かい経緯までは聞かされてませんが、それでも私なりにちゃんと理解してます。そのうえで、私は結婚届にサインをしました」
背筋をピンと伸ばして答える菜穂子を見て、智穂は驚きを隠せず口元に手を当て息を吞む。
「良く受け入れてくれたわね」
「まぁ、びっくりしましたけど。あ、でも今日から真澄さんとは24歳差になるんですよね」
パンッと菜穂子が手を叩いて同意を求めれば、智穂は困り顔になる。
「ええ。でも、私の誕生日は3日後だから……すぐに25歳差になるけれど」
「あ……そう、そうですか」
なんか残念な気持ちになってしまった菜穂子は、強引に話題を変える。
「でも智穂さんって、見た目は40代前半ですね。肌もすんごく綺麗ですし」
「あら、ありがとう。ところで真澄さんと私のこと理解してくれたのに離婚するって……どういうことなのか、もうちょっと詳しく教えてもらえる?」
話題を変えたら、もっとエグイ話題になってしまった。
「詳しくといっても……結婚しよう。ただし一年後に離婚するって真澄さんから提案されたんで、本人に訊いてもらった方がいいと思います」
「あんの、バッ……あ、いえ。真澄さんがそう言ったってことね?間違いなく?」
今、智穂は一瞬「馬鹿」と言いかけなかったか?と菜穂子は気になったが、とりあえず「そうです」と頷いた。
「真澄さんとは戸籍上では夫婦ですが寝室は別です。これまで一度も彼のベッドを使ったことないし、私のベッドも使われたことはないです。きっと別居婚とかするべきなんですが、私も親に結婚報告をした身なので……って、智穂さん大丈夫ですか?」
身の潔白を証明するために菜穂子が語れば語るほど、智穂はオロオロし、最終的に顔を覆って蹲ってしまった。




