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──15分後。和室に、早波一家が全員そろった。
「改めまして、柊木真澄と申します。この度は、菜穂子さんとの結婚が事後報告となってしまい申し訳ございません。また指輪もこの場でお見せすることができず、重ね重ね申し訳ありません」
流れるような口調で両手をついて謝罪した真澄に気圧されたのか、哲司と恭司は「……お、おぉぉ……ぅ」と、空気のような相槌を打つ。
イケメンの土下座は破壊力があり過ぎて、哲司の凶悪顔が若干かすんで見える。
「まぁまぁ、いいんですよぉー。そんな気を遣われなくって。でもご丁寧に我が家に足を運んでくださって嬉しいですわ」
「そぉーですよ、柊木グループの御曹司がうちに来てくれたなんて!それに菜穂子ちゃんの旦那さんになってくれるなんて。もう、感謝しかないですよ」
この言い方では、まるで菜穂子が実家に居座る厄介娘みたいだ。
昨日までは、結婚なんかしないでずっとここに居ればいいと、康子も孝美も言ってくれていたはずなのに。
予想以上に順調に事が進んでいるのは嬉しいが、菜穂子は複雑な気持ちを隠せない。
「まぁ、菜穂子もあんたも成人してるし、俺らが反対する理由もないが……」
コーヒーをずずっと音を立てて一口飲んでからそう言った哲司は、理解ある父親面をしている。
でも、最後は言葉尻を濁してしまった。た何か言いたいことがあるが口にできないようだ。
助けを求めるよう哲司からチラッと視線を送られた康子は、心得たように口を開いた。
「ふふっ、やっぱりお父さんからは尋ねにくいわよね。えっとね、いつ頃になるの?」
「……私の両親との顔合わせの日時でしょうか?それとも挙式のことでしょうか?」
質問を質問で返した真澄に、康子は「おほほっ……」と含み笑いをする。
「もぉー、違うわよぅ。菜穂子と真澄さんの子供のことよ」
「……と、言いますと?」
引きつる真澄に、康子は笑顔で答えた。
「授かり婚なんでしょ?おめでとう!うちは、そういうの気にしないから変に隠さなくていいのよ。で、いつ?いつ生まれるの??」
卓袱台に手をついて前のめりになった泰子に、真澄は無の表情になった。
「……お母さん、デキ婚じゃないから」
心を閉ざしてしまった真澄に代わって菜穂子が訂正を入れると、事の成り行きを見守っていた恭司が露骨にため息を吐いた。
「ったく、なんだよ。てっきりガキができたんかと思ってたのに。俺んとこと、菜穂子んとこで頑張れば野球チーム作れるかなって期待してたのにさ」
「はぁ?お兄ちゃん、野球チームって何人だと思ってるの!?ってか、貴美さんに何人産ませる気だったの!」
「まぁ、種が続く限り……?」
「卓球できるぐらいにしときなよ!」
「それ、シングルか?ダブルスか?ダブルスなら、あと3人か……」
「どっちでもいいよ!」
突拍子もないことを口にした恭司に、菜穂子はブチギレるがキレた論点がズレていることに気づいた。
気持ちを落ち着かせるために、菜穂子はコホンと小さく咳払いをする。
そこでハッと気づいた。今の恭司との会話で、聞き捨てならないところがあったのだ。
「お兄ちゃん、ちょっと待って。ダブルスなら、あと3人……って言ったよね?ってことは……」
「ああ。そういうこと。産まれるのは、えっといつだっけ?」
「来年の夏よ」
出産予定日を口にした貴美は、お腹に手を当て微笑む。
慈愛に満ちたその顔は、もうすでに母親だった。




