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「たまに二人で顔出しに来いよ。お前たち後輩に人気あったし、喜ぶぞ」

「本当は先生が来て欲しいんじゃないですか?」

 ばれたか、と歯を見せながら笑って、テツローは教壇にのぼる。何も書かれていないまっさらな黒板を見て、ほうっと息をつく横顔は、式とHRでさんざん泣いた名残か、今もまだ泣いているかのようなしおしおのままになってしまっていた。

「職員室に残ってないと、誰か会いに来るんじゃないですか?」

「ひととおり落ち着いたからもう大丈夫なんだよ。用事があったらきっと教室に来るだろうしな」

 毎朝SHRでそうしたように、テツローは教卓に両手をついて、誰も座っていない机を順番に目でゆっくりとたどっていく。窓に背をあずけた私は、コートのボタンをしっかりととめ、卒業式の余韻にひたる先生を見つめていた。

 スーツの胸ポケットに、誰が入れたのかクラス一同であげた花束の白いマーガレットがさしてある。泣き虫で寂しがりやの先生にはその可愛らしい花がとても良く似合っていた。

「三年間って、あっという間だったな……」

 感慨深げに呟くテツローは、きっと頭の中で、私たちが入学してきてからの記憶をめぐらせているに違いない。目線はどこか遠くを見ているようで、その表情は寂しそうだけど、どこか誇らしげでもあった。

「広崎は、高校生活、どうだった?」

「どうって、いうと……?」

「俺はまだ、広崎たちに自己紹介したのが、ついこの間のことのように思えるんだよな。もちろんちゃんと三年間の記憶もあるんだけどさ、一日いちにちが濃くて、それを追いかけているうちにあっという間に卒業式が来た気分だ」

 先生といったって、テツロー自身はまだ教師としての経験は浅いほうだ。生徒と本気で喧嘩したことだってあるし、大人気ない態度をとることも多くあった。それでもちゃんと、進路に悩む子には相談に乗ってくれたし、授業よりも勉強よりも遊びたい気持ちが強い私たちの気持ちをわかりつつもしっかりと諭してくれたりした。ベテランの教師とは違う青臭さみたいなものに、きっと私たちは心を開いたのだと思う。

「私もたしかに、あっという間だったとは思いますね……」

 この三年間は、ほんとうに、たくさんあった。学校の行事は楽しかったし、テストはやっぱり辛かった。部活ではいろいろ貴重な体験ができたし、進路をどうするか決めるにはやっぱりそうとう悩んだ。

 人を好きになったこと。それがとても辛かったこと。苦し紛れに修と付き合ったこと。毎日がたくさんの気持ちに満ちていて、そのときは時間なんてまったく感じなかったけど。いざ今日という日が来てみると、本当に風のように過ぎ去ってしまった三年間だった。

「でも先生は、学校のこと以外にも、いろいろあったじゃないですか? 子供だって産まれたんだし」

「そう、子供もあっという間に大きくなったよ。今日連れてこれたらよかったんだけど」

 テツローが毎日自慢していた愛娘の姿を、私は一度だけ見たことがあった。三年の学校祭のときに、模擬店を見に来たのだ。遠目でほんのすこしの間だったけれど、子供を抱き上げる先生の顔がやたらでれでれした父親の顔だったことをよく覚えている。

 奥さんのことを話題に出すとみるみるうちに表情が緩む愛妻家ぶりがまた面白くて、みんなことあるごとにからかっていた。

 そんな日々も、もう、戻ってこない。

「広崎、野宮のところ行かなくていいのか? 早くしないと先に帰るかもしれないぞ?」

「修のこと待ってたわけじゃないんで」

 私の言葉に、テツローが意外そうに眉をあげる。そりゃあ、卒業式が終わってひとりで教室にいる生徒は不思議に見えるに違いない。けれど私だって、先生のように、最後の日の余韻を味わいたかったのだ。

「……先生」

「なんだ?」

 彼の顔をまっすぐに見て、私は言った。

「私、先生のことが好きです」

 

 

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