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修もテツローと同じで、実はけっこうな泣き虫だったりする。弱いときにめそめそ泣く泣き虫ではなく、感情が昂ぶったときや感極まったときに、惜しげもなく涙を流す男泣きの泣き虫だった。
「最後に部長から部員に挨拶お願いしますって、言われてたでしょ? 修、ちゃんと考えてる?」
「……忘れてた」
修とは同じ写真部に入っていて、彼が部長になってからはなにかと私が補佐のようなことをしていた。副部長は他のクラスにいるのだけど、やっぱり同じクラスに部員がいるとなにかと伝言を頼まれたりしたので、送別会の件も私はすこし詳しく耳にしていたのだ。
「最後ぐらいちゃんとやろうよ」
「おれも超てきとーな部長だったからなぁ」
めんどくさいなと呟きつつも、きっと彼は挨拶の内容をちゃんと考えているに違いない。表面上はやる気がないような軽い態度ばかりとるから誤解されやすいけど、修はやるときはちゃんとやる。だから私も顧問も彼のことを信頼していた。
高校生活の中で、一番一緒にいたのは修だった。いろんな話をして、一緒に笑ったり怒ったりした。テスト前の一夜漬けを共にして、その後の点数の見せ合いで半狂乱した仲でもあった。学校祭では感動のあまり、一緒に泣いたこともあった。
彼とは同じ大学に進学が決まっている。卒業してもきっと、一緒にいることが多いのだろうなという、漠然とした予感があった。
「……舞美」
「なぁに?」
ようやく涙が落ち着いたらしいテツローが、贈る言葉の続きを話しはじめる。その深みのある声に溶けこませるように、修は横目で私を見ながら小声で呟いた。
「やっぱり今日、言うのか?」
「…………」
その声に、私は黙ってうなずくことしかできなかった。
下手に声を出すと、また、我慢していた涙がこぼれてしまいそうだったからだ。
○○
HRの最後をテツローの胴上げで飾ると、みんなは続々と、帰りの仕度を始めた。
後輩からもらった花束を両手いっぱいに抱える子もいれば、皆勤賞の盾を誇らしげに鞄につめる子もいる。そのまま玄関に降りてまっすぐ帰る子もいるけれど、大半はお世話になった教師や後輩たちとの記念写真を撮りに行っているようだった。
私や修の元にも、部活の後輩がたくさん写真をねだりに来た。修は女子から人気があったはずなのだけど、意外にもブレザーのネクタイを欲しいという子は誰もいなかった。
隣に私がいたから、みんな遠慮して言いづらかったのだと思う。けれど私も修からネクタイをもらうつもりはなかった。
二年生の終わりころからすこしの間、私は修と付き合っていた。
今はもう別れたけれど、関係がぎくしゃくしていることはなく、友達以上恋人未満の仲はまだ続いている。だから知らない人はまだ私たちが付き合っていると思っているし、受験のために一時的に別れて、またもとの仲に戻るのだろうと勝手に憶測している人もいる。
まことひそやかに囁かれている噂に対して、私たちは特に何も言うことはなかった。
「舞美、職員室行って写真撮ってこないのか?」
荷物はまとめたけれど教室から出ようとしない私に、同じく荷物だけはしっかり鞄にしまいこんだ修が訊いてくる。時間がたつにつれ人が少なくなっていく教室で、私たちは窓から校庭を見下ろして時間をつぶしていた。
「だってまだ混んでるだろうし」
「そっか」
「修はいいの?」
「おれは別に。どうせ送別会とかで会うし」
「そう……」
返事もおざなりに、心ここにあらずで校庭を眺める私に、修は肩をすくめてあたりを見回した。
「舞美」
「ん?」
呼ばれて顔をあげると、背中にたらした私の髪に、修の手が触れる。気づけば教室にはもう、私と修しか残っていなかった。
「なんで泣かないの?」
髪から伝った指先が、ようやく潤みの落ち着いた目じりを撫でる。修は背が高いから、私は必然的に見上げるかたちになってしまう。彼の指先は慣れたように私の頬をすべると、あごのラインを撫で、くいと顔を上向かせた。
私が目を閉じると、まもなくして修の唇が重なった。