第8話
拠点へ戻った瞬間、全員がその場に崩れ落ちた。
身体は傷だらけで、血はまだ止まりきっておらず、呼吸も荒いまま。
だが――メインの胸を締めつけていた重さは、どんな痛みよりも深かった。
彼はこれから、李衛をも遥かに凌ぐ存在と対峙しなければならない。
“ハンター”と呼ばれる男と。
夜が訪れる。
揺らめく焚き火の光の中、場の空気は異様なほど静まり返っていた。
顎に手を当てたトビアスが、ふと口を開く。
「……あの少女、ついに本気で動いたな。
そこまでしてでも……お前を死なせたくなかった理由が、きっとある」
全員の視線が彼女へ向けられる。
少女はわずかに顔を背け、沈黙した。
これまで彼女は、ただ観察するだけだった。
恐怖も動揺も見せず、余計な言葉も発さない。
だが今日に限っては……明らかに様子が違う。
理由は誰にも分からない。
その疑問は宙に浮いたまま、あまりに重く、誰一人として口にできなかった。
しばらくの間、焚き火が爆ぜる音だけが響く。
やがて、クラウスがぎこちなく笑い、空気を和らげようと冗談を口にした。
その時になってようやく、メインは身を起こす。
乾いた血が頬にこびりついたまま、掠れた声で問いかけた。
「……なぜ、李衛は俺たちを殺さなかった?」
その一言で、場は再び沈黙に包まれる。
答えは、誰もが薄々分かっていた。
彼は領主との契約条件に縛られている。
人を殺すことは目的ではない。
そして何より――かつての仲間の兄を前にして、彼の中にはまだ、わずかな人間性が残っていた。
だが本当の問題は、そこではない。
メインはどうすれば、
知性も力も圧倒的な存在に対抗できるのか。
このままの成長速度では、早くても近い将来に到達できるのはランクC。
だが今の彼は、ようやくランクDの境界に触れた程度だ。
その差を埋める道は、ほとんど存在しない。
――ただ一つを除いて。
原初元素の開放。
皆が思考に沈んでいる最中、少女が突然口を開いた。
小さいが、はっきりとした声だった。
「……出てきなさい」
全員が弾かれたように立ち上がり、武器を抜き、警戒態勢に入る。
だが闇の中から現れたのは、敵ではなかった。
小さな旋風が巻き起こり、
そこから一人の男が姿を現す。
――李衛。
一同の視線が彼に釘付けになる。
メインは眉をひそめ、思わず問いただした。
「なぜここに?
領主に知られたら……危険じゃないのか?」
李衛は気にも留めない様子で、薄く笑った。
「もう気にしない。
今、大事なのは……どう生き延びるかだ」
一拍置き、声を低く落とす。
「俺は、人を殺せない。
あいつとの約束が理由だ。
それに……もしそうしたら、目を覚ました友が、二度と俺を見てくれなくなる」
空気が静まり返る。
トビアスはゆっくりと頷き、その瞳には共感の色が浮かんでいた。
彼らは皆、同じ場所に追い込まれている。
李衛は回りくどい前置きを捨て、本題に入った。
長い沈黙の後、鉛のように重い声が落ちる。
「原初元素の覚醒は……想像以上に困難だ。
だが、鍛錬を経ずに即座に開く方法が一つだけある」
全員が息を呑む。
メインも痛む身体を押して顔を上げ、その瞳には渇望と不安が入り混じっていた。
「言え」
トビアスが堪えきれずに口走る。
李衛は首を横に振り、真剣な眼差しを向ける。
「代償が必要だ。
原初元素は、人を受け入れる際、必ず“最大の価値”を要求する」
そして、メインを見据えた。
「お前の場合……
魔力脈の制限だ」
焚き火の音だけが響く。
通常、人は十四から十五本の魔力脈を持つ。
だがメインは――二十五本。
異常と言えるほどの数だ。
「一時的に原初元素を開くには……」
李衛は真っ直ぐにメインの目を見る。
「……そのうち二十二本を切断する必要がある」
全員が凍りつく。
メインの顔から血の気が引き、拳が震える。
残るのは、たった三本。
それは生涯にわたり、魔術の可能性の大半を失うことを意味する。
だが、拒めば――三週間後には死。
李衛はかすれた声で続けた。
「今のお前は、全開放しても基本技が限界だ。
勝てない。
原初元素を開いても……勝てる保証はない。
それでも――同じ戦場に立てる」
メインは目を閉じる。
恐怖と渇望が、同時に胸を満たす。
そして、歯を食いしばった。
「……受け入れる」
その瞬間、李衛は頷き、儀式の準備に入ろうとした。
だが――
張り詰めた空気を裂く、澄んだ声。
「ダメ」
全員が振り返る。
焚き火に照らされた彼女の瞳は、異様なほど冷たかった。
「正気?
今、原初元素を開くのは……自殺行為よ」
李衛でさえ、一瞬言葉を失う。
彼女は淡々と説明する。
「開放は始まりに過ぎない。
その後、適応が必要になる。
制御、維持、オンオフ、そして何より――怒りに耐えること」
「あなたも覚えているでしょう、李衛。
最初がどれほど過酷だったか」
「原初元素に触れたこともない人間が、今この場で無理に開けば……
敵に会う前に、力に潰される」
沈黙。
李衛は膝に手を置き、長く俯いた。
「……なら、なぜそこまで反対する?」
彼女は肩をすくめる。
「彼は死ぬ。
同情じゃない。
ただ……無意味だから」
李衛は彼女を見つめる。
「目の前で人が死にそうなら、何も感じないのか?
助けられないからと、背を向けられるのか?」
答えはなかった。
彼女は毛布を引き寄せ、背を向ける。
夜は、さらに深く沈んだ。
翌朝。
木々の隙間から差し込む朝日が、メインの顔を照らす。
六時。
空中に光の板が現れ、ランキングが表示された。
李衛――トップ5。
ざわめきが起こるが、やがて皆、狩りへ散っていく。
その裏で、李衛と少女は二人きりで言葉を交わしていた。
話題は、メイン。
少女は微笑み、観察すればいいと言う。
だが李衛の目には疑念が消えない。
――彼女の本当の力は、未だ不明だった。
その日のファームは静かに進んだ。
傷を押して戦うメイン。
剣筋は驚くほど正確だった。
中国人の剣士が傍らで教える。
「力だけじゃない。
剣士には“気”がある」
気とは、内なるエネルギー。
正しく運べば、斬撃は何倍にもなる。
だがメインは、それを使っていなかった。
修行は失敗続き。
夕暮れ、重い沈黙と共に帰還する。
帰路、李衛は語る。
トップ1との遭遇。
古びた日本刀。
裸身に近い姿。
獣のような圧。
原初風を全開にしても、互角。
――怪物。
そして、白い剣閃。
奇襲。
冬月レイナ。
退路を断たれ、戦闘開始。
矢、魔法、血。
クラウスの咆哮。
空間の檻。
圧殺。
血に染まる木の根。
支援役の少女は逃走。
煙が晴れた時――
残されたのは、メインと、謎の少女。
戦いは、まだ終わっていなかった。




