第7話
李偉は軽く地を蹴った。
その瞬間、身体が風の中へ溶け込むように消え、足元には渦だけが残る。
刹那――
彼はすでにメインの目前にいた。
鋭利な風を纏った剣が、一直線にメインの胴を断ち切ろうと振り下ろされる。
メインは即座に魔力を火の元素へと集中させ、圧縮し、一気に爆発させた。
同時に、少女が元素耐性の防護装甲を展開し、メインの全身を包み込む。
二つの刃が激突する。
轟音が地下に響き渡り、衝撃波が爆発する。
凄まじい圧力に弾き飛ばされ、二人の身体はそれぞれ反対方向の石壁へと叩きつけられた。
体勢を立て直す間もなく、李偉は再び姿を消す。
少女は即座に判断し、Dランクの男へ合図を送った。
各メンバーの背後に、空間ゲートを展開させる。
彼女は素早く、見慣れぬ小包を次々とゲートの中へ投げ込む。
Dランクの男は意図を理解し、それらを仲間の背後へと転移させ、空中に浮遊させた。
まるで、仕掛けられた罠のように。
次の瞬間――
李偉が唐突にメインの前へ姿を現す。
その脚が、少女の魔法によって瞬時に拘束された。
「今よ!」
少女は叫び、盾を極限まで圧縮する。
巨大な槍のように変形した防壁が、一直線に李偉へと射出された。
李偉は風を蹴り、後方へと滑るように回避する。
だが、退路はすでに塞がれていた。
背後には、幾重にも重なった厚い魔法障壁。
回避する間もなく、
Dランクの男が放った巨大な火球が、李偉の胸元で炸裂した。
煙と粉塵が一気に広がる。
「当たった……!」
少女は荒い息をつきながらも、警戒を解かない。
だが――
煙が晴れたとき、李偉はそこに立っていた。
衣服に焦げ跡はあるものの、致命傷はない。
その瞳が、鋭い殺意を宿して光る。
彼は一陣の風となって少女の背後へ回り込み、剣を振るった。
――しかし、その瞬間。
眠り薬の包みが起動し、粉塵が彼の顔面へと吹き付けられる。
李偉は咄嗟に身を捻り、直撃を避けた。
だが、わずかに吸い込んだだけでも、動きが鈍る。
「今よ!!」
メインの仲間が、木属性魔法で即座に檻を展開する。
蔓が絡み合い、李偉の身体を拘束した。
一瞬――
作戦は成功したかに見えた。
だが。
李偉はただ一振りで剣を振るい、
拘束を一刀両断した。
その隙を逃さず、メインが踏み込む。
全力を込めた、致命の一撃。
――しかし。
李偉は身体を回転させ、容易く受け止め、反撃に転じた。
剣戟が交錯する。
緊迫した近接戦闘が一気に加速する。
少女の攻撃強化、装甲強化、
仲間の木盾による援護を受け、メインは必死に食らいつく。
だが、実力差はあまりにも明白だった。
李偉の剣は、速く、正確で、無駄がない。
空間魔法ですら、追従できないほどの速度。
四連撃。
連続した斬撃がメインの防具を引き裂き、
深い裂傷が身体に刻まれる。
防護があっても、血は止まらなかった。
メインは足元に風を集め、一気に距離を詰める。
だが李偉は、わずかに身を傾けて回避し、
強烈な蹴りをメインの脇腹へ叩き込んだ。
身体が宙を舞い、壁へ激突する。
「ゲルハルト!!」
少女の叫び。
起き上がる間もなく、李偉の剣が振り下ろされる。
刹那、
メインの仲間が飛び込み、李偉の腕を掴んで剣を止めた。
少女は即座に、四方を囲む防壁を展開し、退路を断つ。
メインは歯を食いしばり、立ち上がる。
反撃の一撃を叩き込む。
――だが。
剣は、途中で止まった。
まるで鋼鉄の壁にぶつかったかのように、弾き返される。
「……そんな……」
メインは荒い息を吐き、絶望に目を見開く。
李偉は冷然と言い放った。
「弱すぎる。
その攻撃では、俺の身体を覆うエネルギー障壁すら貫けない」
言い終えると同時に、
彼はメインの頭部を強く蹴り飛ばした。
視界が揺れ、闇が滲む。
仲間は血にまみれながらも立ち上がり、叫びながら突進する。
少女は震える手で、空間から未知の物体を取り出した。
――そのとき。
空気が一変する。
重く、粘つくような気配。
低く、掠れた咆哮が地下に響いた。
「高位モンスター!!」
少女の叫び。
全員が前方を見る。
そこに現れたのは、
痩せ細った黒い怪物。
長い杖を携えた――初日に遭遇した、あの存在だった。
反応する間もなく、
怪物は杖を横薙ぎに振るう。
その一撃が李偉の剣と激突し、
地下全体を揺るがす轟音が響き渡る。
衝撃で天井が崩れ、岩塊が次々と落下する。
李偉は歯を食いしばり、叫んだ。
「逃げろ!!
ここにいたら全滅する!!」
意識が朦朧とする中、
メインは必死に声を絞り出した。
「頼む……
原初元素の開放方法を……教えてくれ……」
李偉が一瞬、動きを止める。
その瞳が鋭く光った。
「……なぜ、俺が原初元素の保持者だと分かる?」
メインは剣を握り締め、血の滲む唇で答えた。
「風しか……使っていない……
原初元素の使い手だけが……
一つの元素に、そこまで命を懸ける……」
沈黙。
やがて、李偉は笑った。
「いいだろう。
そこまで言うなら……見せてやる」
緑色の風が爆発する。
身体と剣を包み込み、渦を巻く。
軽く振るっただけで、無数の風刃が天井を切り裂き、
岩片が雨のように降り注いだ。
メインは言葉を失い、目を見開く。
緑の風が李偉の全身を覆い、
異様な光の軌跡を描く。
――もはや、人の気配ではなかった。
李偉は迷いなく、高位モンスターへと突進する。
風の剣と黒い杖が激突し、
金属音と衝撃波が地下を震わせる。
二人の動きは常人の目では追えない。
踏み込み、斬撃、回避――
すべてが閃光と残像となり交錯する。
互角。
信じ難いほど、互角だった。
やがて怪物は戦法を変える。
杖を地面へ突き立てる。
黒い亀裂のような紋様が広がり、
不気味な音とともに、
無数の黒鉄の棘が地面から噴き出した。
「クソッ!」
李偉は回避するが、
身体にはいくつかの赤い傷が走る。
だが、退かない。
宙へと跳び、
風を纏った剣で、怪物へと叩き下ろす。
怪物は軽く身を逸らし、
次の瞬間、杖を横薙ぎに振るった。
轟音。
風と闇が絡み合い、暴風となる。
李偉は風を滑り、連続して原初の斬撃を放つ。
剣の軌跡が、嵐の壁を形作る。
戦いは続く。
勝敗は、まだ決していない。
外から見守るメインは、理解し始めていた。
――原初元素は、次元が違う。
威力。
武器との完全融合。
そして、使用者を包む“生きた装甲”。
李偉の瞳は、鮮烈な翠へと変わる。
髪の先端が淡く発光し、
手足を包む風が脈動する。
剣もまた変貌していた。
刃の縁が輝き、
元素そのものが内部を流れている。
「原初元素……」
メインは呟く。
李偉は戦いながら言った。
「原初元素の使い手には、固有能力がある。
俺の場合は――自己強化だ」
純粋な嵐のように突進する。
「この状態では、他の元素は使えない。
だが――」
風刃が空間を切り裂く。
「俺は、この状態を一日維持できる」
緑の剣気が夜を切り裂く。
怪物は悟った。
――勝てない。
黒煙と共に、その姿は消滅する。
その瞬間、
空間が裂けた。
闇の門から、
傲慢な外套を纏った男が現れ、拍手する。
「見事だ、李偉。
よくぞ“影”を倒した」
全員が凍りつく。
李偉は剣を握り締め、身構える。
男は笑った。
「最終日、俺が直々に来る。
あの小僧の命を貰いに」
メインを一瞥し、歪んだ笑みを浮かべる。
「それが依頼だ。
それまで、精々強くなれ」
闇が男を呑み込み、消えた。
李偉は剣を下ろし、深く息を吐く。
緑の光は、ゆっくりと消えていった。
彼はメインを見る。
「生き残りたければ、
原初元素を開放しろ。
――お前も、持っている」
次の瞬間、
李偉の身体は風に溶け、消え去った。
残されたのは、
かすかな風の痕跡だけだった。




