第5話
地下へ足を踏み入れた瞬間、湿った空気と錆びついた金属の臭いが一帯を覆った。
次の瞬間、闇の奥から低く掠れた咆哮が響き渡る。
壁の亀裂から、低位分節型の魔物が二体飛び出してきた。血走った赤い眼が獲物を引き裂かんとする殺意に満ちている。
メインは反射的に動いた。
銀色の光が閃き、手にした剣が風を切る。軌跡は鮮烈な光の線となり――一瞬で、二体の魔物は真っ二つに両断された。
一同が息を呑む。
トビアスでさえ、思わず眉を吊り上げた。
メインは振り返り、冷え切った表情のまま低く言い放つ。
「なぜ知らせなかった。
……事前に感知できたはずだろう」
少女は慌てて服の裾を握りしめ、視線を泳がせる。
「わ、わたし……わす、忘れてて……」
メインの視線は刃のように鋭かったが、やがて小さく息を吐き、怒りを押し殺した。
「これは生死を賭けたゲームだ。
小さなミス一つで、全員死ぬ。次は……必ず確認しろ」
少女は何度も頭を下げ、必死に頷いた。
進行を再開する。
しかし奥へ進むほど、魔物の数は増え、質も変わっていった。
闇の中から、中位分節型が姿を現す。
巨体にもかかわらず、信じられない速度で接近してくる。
一体が咆哮を上げ、メインの仲間へ突進した。
――ガァン!
盾が間一髪で構えられる。
だが次の瞬間、別の魔物が仲間を踏み台にして跳躍し、背後から斬撃を放った。
メインは即座に身を翻し、剣を逆に振り上げて受け止める。そのまま力任せに叩き返し、魔物を天井へと吹き飛ばした。
同時に、トビアスが手を掲げる。
空間魔法陣が展開され、残る魔物すべてが一点へと吸い寄せられる。
メインは集中し、剣へ魔力を注ぎ込む。
炎が噴き上がり、地下の闇を焼き払うように赤く燃え上がった。
円を描くような一閃――
灼熱の炎弧が放たれ、集められた魔物たちは一瞬で業火に飲み込まれた。
静寂。
残るのは荒い呼吸音だけ。
トビアスが軽く口笛を吹く。
「……驚いた。
そのエネルギー制御、低ランク冒険者で見たことがない。
バランスも調整も、異常なほどだ」
メインは汗を拭い、短く答える。
「訓練の成果だ」
一行は地下鉄車両へと移動した。
埃を被った座席、ちらつく照明。恐怖と同時に、わずかな安堵が漂う。
ここで作戦会議が始まった。
トビアスが低い声で説明する。
「運営側は、補給コンテナをマップ全域に投下する。
食料、水、回復薬……すべてそこにある」
一拍置いて、続けた。
「だが当然、生き残りたい者は全員それを狙う。
一つ手に入れるために……血が流れないはずがない」
空気が重く沈む。
メインは眉を寄せ、不安を噛み締める。
隣の仲間が肩を軽く叩き、穏やかに笑った。
「大丈夫だ。俺たちは一緒だ。
生きていれば、チャンスはある」
メインは小さく頷いた。
やがて彼は、思い切ってトビアスに尋ねる。
「……エネルギーの上限を上げる方法は?」
トビアスは顎に手を当て、しばし考え込んでから答えた。
「基本は単純だ。
使い続け、身体に適応させる。それだけ」
しかし、すぐに視線を鋭くする。
「だが上限は無限じゃない。
誰にでも“天井”がある。どれだけ鍛えても、最後は必ず限界に触れる」
彼はメインを試すように見つめた。
「お前はすでに制御が上手い。無理をする必要はない。
だが……連続で破壊的な技を放ちたいなら、限界を引き上げるしかない」
静かな車内に、重い言葉が落ちる。
「その代償は――身体が負う損傷だ。
力が強いほど、反動も大きい」
重苦しい空気を変えるように、メインは冒険者カードを取り出した。
刻まれたランク表示――E+。
思ったより早い。
トビアスは微笑み、穏やかに言う。
「序盤は昇格が早い。
だがD以上からが本番だ」
そして静かに続けた。
「このゲーム中にDへ到達できれば理想だ。
お前の力は……間違いなく価値がある。
もし“世界に選ばれた存在”なら、いずれ重要な因子になる」
メインは黙って頷く。
――自分が**異世界転移者**であるという最大の秘密を、誰にも知られぬまま。
その時だった。
少女が震え出し、声を詰まらせる。
「……い、いる……
高位の……魔物……ここに……!」
全員が息を呑む。
トビアスが即座に合図し、全員を座席の下へ伏せさせた。
――ドン……ドン……
重く、遅い足音が通路に響く。
巨大な背中が通り過ぎる。
圧倒的な殺気。
メインの身体が震える。
――四十階層超えの魔物と同等……。
影が去り、殺気が薄れる。
全員がようやく息を吐いた。
だが、その瞬間。
埃まみれの窓ガラスに――
歪んだ黒い顔が映っていた。
「――走れ!!」
メインの叫びと同時に、
高位魔物の咆哮が地下に響き渡る。
それに呼応するように、無数の足音――
低位・中位魔物が雪崩れ込んでくる。
逃走と戦闘。
狭い車内で剣と魔法が炸裂する。
だが高位魔物は外を走り、先回りして――
前方車両を蹴り潰した。
道は塞がれた。
メインは歯を食いしばる。
「外へ!
……戦うしかない!」
全員が飛び降りる。
――初日からの、死闘。
黒い棍棒が突き出される。
「受け止めろ!!」
クラウスが盾を構える。
だが――二秒も持たず、盾は砕け散り、槍が腕を貫いた。
少女が慌てて防御魔法を唱えるが、遅い。
魔物は腕を掴み、振り回し、コンクリート壁へ叩きつけた。
「なぜ早くバフしなかった!!」
メインの怒号。
少女は蒼白になり、動けない。
トビアスが即座に強化魔法を展開。
メインの身体が一気に強化される。
剣閃――
だが棍棒に防がれ、反撃の拳が叩き込まれる。
「バフ!!」
間に合ったが、吹き飛ばされる。
メインは立ち上がり、負傷者の元へ。
必死に治療する。
トビアスが空間魔法で壁を破壊し、撤退路を作る。
「行け!!」
――脱出。
ビルの屋根を渡り、逃げ続け、
ようやく魔物を振り切った。
廃れた喫茶店。
唯一の避難所。
負傷者が目を覚まし、弱々しく笑う。
「……生きてる……
それで十分だ……」
メインは肩に手を置き、静かに言う。
「お前は強い。
……それだけでいい」
空気が少し和らぐ。
だが――
少女が静かに立ち上がり、外へ出ていく。
薄明かりの中、
彼女の口が異質な言語を紡ぎ始める。
乱れる魔力。
何かの儀式のように――。




