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崩れゆく天国の影  作者: 霧崎 蒼司


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第14話

別れの宴が終わると、それぞれの道が彼らを呼び寄せた。

メインは少人数の仲間と共に、王国のまばゆい光から遠ざかっていく。高くそびえる城壁に守られ、人々の喧騒が絶えない街並みは次第に背後へと消え、彼らの前に広がるのは果てしない草原、曲がりくねった土の道、小さな領地や素朴な農村へと続く静かな風景だった。


そこにはもはや豪奢な光景はない。彼らが通り過ぎる場所には、不思議なほど穏やかな空気が満ちていた。

子どもたちは土道を駆け回って笑い声を響かせ、農夫たちは黙々と畑を耕し、乾いた藁と湿った土の匂いが風に混じる。

しかし、そんな一見安全に思える場所でさえ、危険が皆無というわけではない。森の奥に潜む魔獣、街道の外で機会を窺う盗賊、そして突然降りかかる不幸――それらは常に隣り合わせだった。


それぞれの村の中央広場には、小さな依頼掲示板が立てられている。

王都の喧騒に満ちた巨大な掲示板とは違い、ここに貼られているのは古びた羊皮紙が数枚だけ。

そこには、家畜を襲う森狼の討伐、商隊の護衛、迷子になった子どもの捜索、収穫期の手伝いといった、ささやかな仕事が走り書きされていた。


メインたちに多くの選択肢はなかった。

食料が必要で、金も必要だった。長旅に備えるためにも、彼らはこうした小さな依頼を受けるしかない。

報酬は決して多くないが、それでも不安に押し潰されずに生活を維持するには十分だった。


やがてメインは一つの事実に気づく。

これら農村で得られる報酬は、王国中心部で同ランクの依頼を受けた場合と比べて、明らかに少ない。

その一方で、物価や食料は驚くほど安い――まるで貧しい田舎と繁栄した都市の差のようだった。

理由は単純だ。農村は生産地であり、中間業者がそれらを買い上げ、二倍、三倍の値で都市に流す。

「田舎臭い」品々は、王都では高級品へと姿を変えるのだ。


だが、メインはこうした“田舎”でこそ、一つの教訓を学んだ。

機会は必ずしも危険の中にあるわけではない。

かつての彼は、経験値を求めてダンジョンへ潜り、強敵と戦うことばかり考えていた。

しかし今は違う。弱いと見なされがちな場所で地道に稼ぐほうが、時にははるかに効率が良い。

素材は安く、品質は高く、そして何より――安全だった。


村人たちもまた、心からの感謝を示してくれる。

依頼を終えた後、金は渡されなくとも、食事を振る舞われ、素朴だが温かな食卓を囲むこともあった。

歓迎され、必要とされる――その感覚は、メインの心を静かに癒していった。


三か月という時間は、瞬きする間に過ぎ去った。


最初の一か月、メインはほとんどの時間を鍛錬に費やした。

エネルギー制御、肉体の鍛錬、観察力の向上。


続く一か月半は、学びながら実践へ。

小さな依頼を受け、現実の中で経験を積んだ。


そして最後の半月――

運命を変える“死のゲーム”に参加し、その後は療養と、大陸を巡る旅支度の日々だった。


振り返れば、メインを最も変えたのは、あの死闘だった。

反復的な訓練ではない。

死と真正面から向き合い、生きるか死ぬかが紙一重だった、あの瞬間こそが。


黒騎士は、かつてこう言った。


「人間は追い込まれた時にしか、本当の意味では変わらない。限界まで追い詰められて初めて、自分を超えざるを得なくなる。鍛錬は一歩ずつ進ませるが、実戦は――跳躍させる。ただし、その代償は常に死の危険だ」


メインは、その言葉の意味を理解していた。

事実、彼は誰よりも早く“気”を掴み始めていた。

普通なら数年かかる制御を、彼はわずか数か月で基礎段階にまで到達している。

才能もあっただろう。

だが何より――あの生死の圧力が、彼を押し上げたのだ。


夜、焚き火を囲み、虫の声と煙の匂いに包まれながら、メインは星空を見上げる。

ここには故郷の都市のような人工の光はない。

静寂の中で、彼は実感する――

自分は今、本当に冒険者としての道を歩いているのだと。


やがて月が木々の間から淡く差し込み、彼らの潜む空間に途切れ途切れの光を落とす。

今夜の任務は単純――

家畜を狙う魔獣の夜襲を警戒すること。


その沈黙を破ったのは、黒騎士の低く渋い声だった。


「よく聞け。人の体内にあるエネルギーは、本来ただの混沌だ。それを力へ変える方法は二つある。“エネルギー放出”と、“気”だ」


メインと盾の勇者クラウスは、真剣に耳を傾ける。


「エネルギー放出とは、魔法使いが使う魔力だ。火、氷、雷――形を持つ力だ」


彼は指先で空気を切り裂き、細い風の軌跡を描いた。


「だが“気”は違う。

それは個の力を戦闘力へ変換する技だ。

形も色もないが、武器に宿れば、凡庸な一撃を必殺に変える」


盾の勇者が眉をひそめる。


「防具にも…?」


黒騎士は頷いた。


「盾、鎧、肉体すら可能だ。ただし覚えておけ。“気”は殻に過ぎない。中に己の力を込めなければ、容易く砕ける」


メインは剣を握り、集中する。

温かな流れが胸から腕へ走るが、剣に定着しない。


「難しい…」


黒騎士は低く笑った。


「当然だ。エネルギーは精神でもある。

恐れれば震え、迷えば崩れる。

だが極限にあれば――気は魂そのものとなる」


クラウスが試み、盾が淡く光るが、すぐに消える。


「きつい…」


「心を制御できぬ限り、気は応えぬ」


メインは死線の記憶を呼び起こし、再び集中した。


剣が震え、淡い光が宿る。


「……できた」


黒騎士は満足げに頷く。


「それが第一歩だ」


その時、遠くで獣の咆哮が響いた。


「実践だ」


闇が森を覆い、魔獣の群れが現れる。


盾の勇者が前に出て、木の巨像を召喚し、地面から無数の木槍が噴き出す。


メインもまた、蔓を足場に宙を舞い、気を宿した一撃で魔獣を斬り伏せる。


戦いは終わり、静寂が戻った。


翌日、依頼主へ報告し、彼らは次の目的地へ向かう。


それは――

第二人類王国の境界近くにある、大きな村だった。


多種族が共存し、巨大な教会を擁する国家。


メインは目を細める。


――そこに、答えがあるかもしれない。

失われた仲間たちと、“異世界”の真実が。

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