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崩れゆく天国の影  作者: 霧崎 蒼司


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第13話

絶望の霧が戦場を覆い尽くすその只中――

闇そのものを切り裂くかのような声が、轟然と響き渡った。


「――ここまでだ!」


戦場が、凍りついたように静止する。

疲弊しきった者たち、絶望に沈んでいた者たちの視線が、一斉にその声の主へと向けられた。


濃い煙の中から、一つの見覚えのある影が歩み出る。

それは――メインの最初の仲間だった少女。


落ち着き払った佇まい。

冷たくも揺るがぬ決意を宿した瞳。


魔物は眉をひそめ、憎悪を滲ませた嗄れ声を響かせた。


「まだ……生き残りがいたか。

ちっぽけな鼠が一匹増えたところで、何が変わるというのだ?」


少女は答えない。

嘲笑を無視し、静かにメインのもとへ歩み寄る。


彼女は軽く頭を下げ、柔らかく微笑んだ。


「ゲルハルト・クルーガー。

ここまでの行動で、すべては証明された。

あなたは――試練を乗り越えたわ。」


メインは目を見開いた。

全身を血に染め、限界に達しながらも、叫ばずにはいられなかった。


「何を言ってるんだ!?

今はそんな話をしてる場合じゃない!

生きてるなら逃げろ! でなきゃ二人とも死ぬぞ!!」


その瞬間、空気が震えた。


魔物が唸り声を上げる。

暗黒の賛歌のような声とともに、濃密な魔力が巨体を包み込み、大地に無数の亀裂が走る。


巨大な手が掲げられ、死の気配を帯びた爪が少女へ向けられる。


「口数が多いな。

この惨めな茶番も――ここで終わりだ」


倒れ伏す者たちの、か細い呻き声が響く。

絶望に見開かれた瞳、震える手。

彼らは理解していた――

あの一撃が振り下ろされれば、すべてが灰になる。


だが――


ザァッ!


眩い閃光が闇を貫いた。

空を裂くような鋭い風切り音。

空間そのものが悲鳴を上げる。


メインの眼前で、

巨大な魔物の身体が――一太刀で、真っ二つに断ち割られた。


血走った目が見開かれ、信じがたい現実を映す。

黒い血が噴き上がり、崩れる大地の轟音と混ざり合い、哀歌のように響く。


巨体が倒れ伏す。

山が崩れ落ちるかのような衝撃が、地を揺らした。


メインは呆然と立ち尽くす。

心臓が激しく脈打ち、瞳孔が恐怖と困惑に縮む。


――あまりにも早く、

――あまりにも、現実離れしていた。


だが皆がまだ現実を受け止めきれない中、

少女は剣を静かに下ろした。


血の海の中に立つその姿は、

まるで塵を払っただけかのように淡々としていた。


世界の混沌と、彼女の冷静さ。

あまりにも対照的だった。


死のような静寂が訪れる。


少女は乱れた髪を払うと、事務的とも言える口調で告げた。


「各国の合意事項により、

一つの王国がこれ以上“転生者”を保有することは認められない。

長期にわたる協議の末――結論は出た」


彼女はメインをまっすぐ見つめる。


「ゲルハルト・クルーガーは、解放される」


「これよりあなたは、財産でも囚人でもない。

自由な冒険者――真の“旅人”となる。

これから先の道は……あなた自身が選びなさい」


その言葉と同時に、

少女の身体を覆っていた擬装が解ける。


現れたのは、

金糸を纏った貴族装束に身を包む、凛とした少女。

腰には、西洋剣が星明かりを反射して輝いていた。


メインは何か言おうとするが、喉が詰まる。

視界が霞む中、最後に見えたのは――彼女の優しい微笑み。


「眠りなさい、若き旅人。

ここから先は――あなたの物語よ」


メインの身体が崩れ落ちる。

砕けた床の冷たさを感じた、その瞬間。


――世界が、引き裂かれた。


薄紙のように現実が破れ、

偽りの渋谷は消え去り、

無限に広がる星空が姿を現す。


ゲームは――完全に、終了した。


――場面転換。


煌びやかな水晶灯が照らす、壮麗な王宮。

大広間の中央で、少女は玉座の前に跪いていた。


「陛下。

ゲルハルト・クルーガーは、あらゆる状況下での生存能力と適応力を証明しました。

それだけでなく――

私が密偵であることにも気づいていました。

私は領主側ではなく、王国の人間であるにも関わらず、です」


王は威厳ある表情で頷く。


反逆した領主は捕らえられ、新たな統治者が任命された。

負傷した者たちは病院へ運ばれ、然るべき補償が約束された。


だが、重苦しい空気が残る。


別の官僚が進み出る。


「背後組織のほぼ全ては拘束しました。

しかし……一人だけ残っています。

真の首謀者。

領主ですら正体を知らぬ存在です」


王は低く告げた。


「ならば、闇はまだ終わっていない。

備えよ。

ゲルハルト・クルーガーの道も――今、始まったばかりだ」


探偵であるはずのメインは、

あの戦いで分析力を一切発揮できなかった。


それは敗北以上に――屈辱だった。


理性こそ最強の武器だと信じてきた。

だが、生存圧力の前で、彼は力に縋った。


――かつて、軽蔑していた存在に、自分がなっていた。


幻影の中、彼の前に現れる――

あの少年。


「どうして来なかった……?」


世界が崩れ落ちる。


目を覚ますと、そこは静かな病室だった。

血と煙の匂いは消え、薬草の香りが漂う。


冒険者カードを確認する。


ランク:D+


彼は、確かに一線を越えた。


仲間たちが目を覚まし、集まる。

李衛、片腕を失ってもなお立つ。

ランキング1位の男は義足で歩く。

レイナは片目と四肢を失っても、闘志を失わない。


メインは語る。

剣を振るった少女のことを。


弓使いが補足する。

彼女の正体、結界の崩壊、奇跡の生還。


沈黙の後――メインは告げる。


「俺は……この世界の人間じゃない」


誰も拒絶しなかった。


結界が渋谷を模していた理由。

もう一人の“異世界人”の存在。


――失われた仲間たちは、どこへ消えたのか。


黒騎士は語る。

五大指揮官の国。

答えを探すなら、そこしかないと。


別れの宴が開かれる。

笑いと涙の夜。


メインはカードを握りしめる。


答えはまだ遠い。

だが――


本当の冒険は、ここから始まる。

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