第12話
メインは弓から放たれた矢のように、一気に前方へと駆け出した。
吐き出す息は熱を帯び、全身の血管が張り詰め、決意に満ちていく。
彼の脳裏には次々と浮かぶ――黒騎士から叩き込まれた厳しい教え、李衛の意味深なうなずき、そして言葉にはされなかった仲間たちの信頼。
そのすべてが、今この一瞬に集約されていた。
――退路はない。ただ前へ進むのみ。
濃密な闇を纏った巨大な魔獣の姿が、ゆっくりと視界に現れる。
漆黒の大剣を高々と振り上げ、その刃は空すら両断しかねないほどの重圧を放っていた。
斬撃が振り下ろされ、唸る風が肌を裂く。
砂塵と瓦礫が激しく舞い上がり、大地が震える。
それは単なる一振りではない――空間そのものを切り裂こうとする一撃だった。
メインは咆哮し、全力を腕に込めて剣を掲げ、受け止める。
「ぐ……ッ!!」
耳をつんざく金属音。
凄まじい衝撃が全身を貫き、骨が軋み、両腕が痺れ、視界が揺らぐ。
爆音とともに衝撃波が炸裂し、彼の身体は嵐の中の木の葉のように吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ゲルハルト!!」
仲間の絶叫が、絶望とともに響く。
だが、魔獣は休ませてはくれない。
ドンという爆音とともに姿を消し、次の瞬間には彼の落下地点に現れていた。
天から叩き落とすような蹴りが、腹部に直撃する。
「ぐおっ!!」
唾を吐き出し、内臓が砕け散るような激痛が走る。
身体は宙へと吹き上げられ、空気が引き裂かれる音が耳を打つ。
息を整える間もなく、頭上に闇が覆い被さる――
魔獣が追撃し、巨大な剣を振り上げ、止めを刺そうとしていた。
「……ここで……終わるわけには……」
歯を食いしばり、口元から血を流しながら、赤く充血した目で睨みつける。
その生死の狭間で、封じ込められていた記憶が一気に蘇った。
父と徹夜で事件資料を分析した夜。
血に染まった現場に立ち、死と隣り合わせでも冷静であれと自分に言い聞かせた日々。
彼はかつて探偵だった。観察し、分析し、決して取り乱さない人間だった。
だがこの世界で、彼は生存本能に流され、最も強力な武器を忘れていた。
――冷静さ。
「ふざ……けるなぁ!!」
叫び、両手で剣を掲げ、必殺の一撃を受け止める。
ドガァン!!
雷鳴のような爆音。
再び吹き飛ばされ、地面へと真っ逆さまに落ちる。
だが衝突寸前、涼やかな緑の旋風が彼を包み込み、落下速度を和らげた。
遠くで李衛が立っていた。
汗を流し、鋭い眼差しで腕を振り払う。
「立て、若造!! 俺たちの努力を無駄にするな!!」
礼を言う間もなく――
ズン――背後に殺気が迫る。
魔獣は、もうそこにいた。
「……速すぎる……!」
冷や汗が噴き出す。
巨大な剣が空気を切り裂く。
気を練る暇すらなく、反射的に後方へ跳ぶ。
刃は目の前を掠め、心臓一拍分でも遅れていれば真っ二つだった。
休む間もなく、魔獣は咆哮し、連続して突きを放つ。
稲妻のような剣撃がメインを追い詰め、一呼吸ごとに死が近づく。
(くそ……一瞬でも遅れたら終わりだ……!)
だが、倒れるわけにはいかなかった。
周囲では、仲間たちが必死に他の悪魔と戦っている。
彼が崩れれば、すべてが終わる。
戦場は崩壊した建物の中へと移る。
一撃ごとに机や椅子が吹き飛び、瓦礫が舞い、階層全体が揺れる。
そして、強烈な一撃がメインを叩き飛ばし、ガラス張りの壁を突き破った。
ガシャァン!!
夜空へと放り出され、砕けたガラスが星屑のように煌めく。
そこに映るのは、苦痛に歪みながらも決して折れない彼の表情。
空中で二つの影が激突する。
剣と剣がぶつかり、火花が闇を切り裂く。
衝撃波がガラス片をさらに遠くへ散らした。
ドン!!
二人は地面に叩きつけられ、大地がひび割れる。
魔獣は即座に背後へ回り込み、再び剣を振るう。
だが――
「もう……避けない!!」
気とエネルギーが融合し、爆発する。
メインは身を翻し、斬り返した。
ドォォン!!
眩い閃光。
粉塵が嵐のように渦巻き、衝撃波が戦場全体を揺るがす。
その中に、剣をしっかりと握り締めたメインの姿があった。
「……そうだ……」
荒い息の中、目が輝く。
「俺が弱いんじゃない……ただ、自分を信じていなかっただけだ」
歯を食いしばり、咆哮とともに突進する。
その剣撃には、もはや迷いがなかった。
一振りごとに爆音が響き、*キン!キン!*と戦鼓のように鳴り響く。
魔獣は後退を余儀なくされる。
周囲の強者たちが、信じられないものを見るように目を見開いた。
かつての弱い新兵が、彼らですら恐れていた怪物を押し返している。
「その調子だ!!」
黒騎士が雷鳴のように叫ぶ。
メインは回転し、斬り、体勢を変える。
李衛の技、黒騎士の気の運用――それらを融合させ、自分だけの剣を紡ぐ。
地面は裂け、無数の斬痕が怪物の傷のように刻まれていく。
「うおおおおおお!!」
最後の突きが、魔獣の腹を貫いた。
血が噴き出し、巨体が硬直する。
「……まだだ!!」
赤く燃える瞳で叫び、剣を握り直す。
残る力をすべて込め、刃を引き裂くように走らせる。
魔獣は咆哮し、背中を何度も殴りつける。
激痛に血が溢れるが、彼は止まらない。
「死ねぇぇぇぇ!!」
絶叫とともに、剣が巨体を切り裂いた。
血の雨が降り注ぎ、メインは真紅に染まる。
ズバァッ!!
魔獣の身体は真っ二つに裂け、最後の咆哮とともに崩れ落ちた。
地面が震え、粉塵が舞う。
メインは立ち尽くす。
震える身体、血に染まった剣。
だが、その瞳には――確かな生の光が燃えていた。
彼は、勝った。




