第10話
メインたちは慌てて崩れかけた高層ビルへと駆け込み、身を隠した。
錆びついた階段が軋むような音を立て、その音に荒い呼吸が重なって響く。
だが、彼らが三階に足を踏み入れたその瞬間――
風を切り裂く矢が突如として窓枠を突き破り、すぐ脇の壁へと深々と突き刺さった。
一同が息を呑む。
メインは即座に、その見覚えのある武器に気づいた。
――何度も彼らの命を奪いかけた、あの武器だ。
疑いようもない。
あの弩使いだ。
次の瞬間、紫色の光が閃いた。
位置交換スキルが発動する。
弩を放った男は矢と位置を入れ替え、二階上――五階に出現した。
しかし、そこに既に別の者が潜んでいるとは思ってもいなかった。
一瞬、視線が交錯し、
次の瞬間には――激しい死闘が爆発する。
その頃、三階に残されたメインたちの空気は、張り詰めていた。
メインは足を止め、振り返る。
長らく黙って後ろをついてきた少女へと、視線を向けた。
「――ここまでだ」
静かな声だったが、そこには鋭い警戒が込められていた。
「もう隠している時間はない」
メインは重心を落とし、剣を胸元に構える。
それに呼応するように、仲間たちも戦闘態勢へ移行した。
ただ一人、**李衛**だけが一歩下がり、距離を取る。
眉をひそめ、真正面から問いかけた。
「……君は、一体何者だ?」
メインは迷わず答える。
「彼女は……本当の力を隠している。
行動も不自然すぎる。
高確率で、あの領主の間者だ。
ただ……目的までは分からない。
略奪だけなら、ここまで深入りする理由がない」
空気が、弦のように張り詰める。
誰もが理解していた。
李衛のようなDランク冒険者でさえ、
勝機があるとすれば――相手も同等、あるいはそれ以上の怪物でなければならない。
少女はただ肩をすくめ、
唇の端を冷たく吊り上げた。
説明はない。
弁解もない。
虚空から、彼女は異様な剣を創り出す。
黄金色の刃。
刀身には、蜘蛛の巣のように細く鋭い黒い紋様が刻まれている。
柄は無骨な鋼鉄製で、革も紐も巻かれていない。
むき出しで、冷え切った存在感を放っていた。
その光は、部屋全体を暗く沈めたかのようだった。
「……リンク武器だ……」
メインの仲間の一人が、恐怖を滲ませて呟く。
「普通じゃない……何度も強化されている……」
メインは剣の柄を強く握り締めた。
掌に、じっとりと汗が滲む。
この世界で、リンク武器は極めて希少だ。
持ち主の資質と技能に呼応する特別な力を秘めている。
序盤ではただの補助に過ぎないが、
長く使い、戦いを重ね、研ぎ澄まされることで――
進化する。
新たな能力を解放し、
より凶悪で、恐ろしい存在へと変貌する。
そして今、彼らの目の前にあるのは――
まさに、その完成形だった。
言葉を言い終える暇すら与えず、
裏切り者は雷のような速度で踏み込んだ。
一瞬でメインの目前に現れ、
強烈な蹴りが叩き込まれる。
メインの身体は宙を舞った。
その背後に、突如として光の壁が展開される。
逃げ場を失い、背中から激突。
衝撃が全身を貫き、
息が喉で詰まった。
即座に、李衛が飛び出す。
剣が原初属性の光を帯び、
渾身の一撃を叩き込む。
だが少女は片手を上げるだけで、
一瞬にして魔力装甲を展開。
衝突が爆発的な衝撃波を生み、
李衛は後方へ弾き飛ばされ、よろめいた。
別のDランク冒険者が詠唱を始める。
空間魔法が渦を巻き、
机や椅子、瓦礫が嵐のように押し寄せる。
しかし、少女は軽く手を払っただけで、
それら全てをゴミのように弾き返した。
その瞬間――
メインが背後から斬りかかる。
だが、彼女は既に察知していた。
振り向きざま、手首を掴み、
腹部へ三連撃の拳。
鉄槌のような衝撃が叩き込まれ、
血が喉元へ逆流する。
最後に、彼女はメインを掴み上げ、
立ち上がったばかりの李衛へと投げ飛ばした。
仲間が即座に広域シールドを展開し、
同時に四つの木製ゲートを召喚、封印圧をかける。
だが――
一薙ぎで、全てが灰と化す。
少女は瞬間移動し、
Dランク冒険者の背後に現れると、
頭を掴み、窓の外へと放り投げた。
李衛は迷わず飛び出し、仲間を受け止める。
その瞬間――
砲弾のような光線が迫る。
盾を構え、最大防御。
三層の緑色シールドが重なり合う。
メインも背後から支える。
――だが、衝撃は凄まじすぎた。
防御は粉砕され、
全員が三階から地面へと吹き飛ばされる。
李衛の属性制御がなければ、
即死だっただろう。
彼らは血と汗に塗れながら立ち上がる。
李衛は剣を握り締め、
今まで隠されていた力に戦慄した。
次の瞬間、
鋭い剣閃が再び襲う。
盾役が防ぐが、
刃は貫通し、腕を深く裂いた。
煙の中から現れたのは、
全身を黒鎧に包んだ男。
第六位・黒騎士マルクス・ベッカー。
血を滴らせる黒剣を構え、
低く、くぐもった声が響く。
「――俺と戦え。
一対一でだ」
メインは眉をひそめる。
「正気か?
これは生き残りを賭けた戦場だ。
仲間がいるのに、捨てる理由はない」
マルクスは嘲るように笑った。
「仲間に縋らねば生き残れぬなら、
男として失格だ。
一人でも、群れでも、結末は同じ。
だが俺は……意味のある戦いがしたい」
――狂人だ。
そう思った瞬間、
別の剣撃が落ち、
李衛が受け止める。
見覚えのある剣技。
現れたのは――
冬月レイナ。
現在、第五位。
「……もう逃げ場はない!」
李衛が叫ぶ。
メインは即断する。
「俺が黒騎士を引き受ける!
全員、李衛と共にレイナを抑えろ!」
――こうして、
メインとマルクス・ベッカーの一騎打ちが始まった。




