エピローグ ずっと望んでいたもの
「もぅ、聞いてるでしゅか?」
「はいはい。ちゃんと聞いていますよ」
私のベッドサイドに置いた丸椅子にちょこんと座ったルカが、頬を膨らましながらこちらを見ていた。
「絶対安静なんでしゅからね。ぼくは見張りなのでしゅ」
そう言ったルカが私の部屋に来て、幾度となくアッシュの救出劇を私に教えてくれていた。
意識が戻って、今日で三日目。
あの日、煙を吸い過ぎた私は意識を失い、そのまま屋敷で治療を受けた。
アッシュが王宮から呼び寄せた医師の手によって、なんとか一命はとりとめたものの、意識は一週間ほど戻らなかったらしい。
ルカはその間もずっと私の傍にいてくれた。
そして意識が戻ったあとも、こうやって見張りだと言って私にべったりとくっついている。
今回のことは少なからずルカの心の傷になったと私は思っている。
だからこそ、ルカが望むことをしばらくはさせてあげるつもりだ。
そう簡単に傷が癒えないことも分かっているけど、いつの日かルカの中でその傷口が小さくなるように寄り添って生きていきたい。
私が生かされた意味はそこにあると思うから。
「ボーっとして、体調悪いでしゅか? お医者さますぐ呼ぶでしゅか?」
「ううん。ルカが傍にいてくれたら大丈夫よ」
心配そうに私をのぞき込むルカの頭をなでた。
するとルカも満足げに微笑み返してくれる。
あの後アッシュから聞いた話では、ノベリアも大やけどを負ったものの一命はとりとめたらしい。
だけどもう二度と、自分の足で歩くことも外へ出ることも叶わないだろうとのことだった。
一ミリも同情はしないが、可哀想な人だとは思う。
でもそれだけだ。一生彼女を許すことはないだろう。
「そうだルカ。今日は一緒に寝る?」
「えええ。それはさしゅがに」
あら。もう母親と寝るという歳ではないのかしら。
向こうだとこれくらいの歳なら、全然一緒に仲良くって感じだったけど、やっぱり世界が違うものね。
さすがにと言ったものの、もじもじとしたルカの表情を見た限りでは、満更でもなさそうなんだけどなぁ。
母親になって欲しいとは言われたものの、いきなりはダメかな。
もうちょっとゆっくり距離を縮めるべきよね。
「一度でいいから親子三人で同じベッドで寝てみたかったんだけど……」
「ぶっ」
「?」
急に変な吹き出すような音に、私は顔をあげる。
見れば、ノックなしにアッシュが部屋に入ってきたところだった。
そしてなぜかアッシュは自分の右手で顔を押さえている。
ちょっと、もしかして今の話聞かれた感じ?
やだ、そうよね。だって、アッシュの表情変だし。しかも吹き出したって、どういう状況よ。
もしかして、そんなに嫌だったのかしら。
雑魚寝はナシ? この世界ではナシなの?
誰かに確認したくて辺りを見渡したものの、侍女たちは部屋にはいない。
ああ。さっきルカと二人でお話しているから大丈夫だと下がらせてしまったんだっけ。
もう。こういう時のアーユじゃない。なんで呼んでおかなかったのかしら。私の馬鹿。あとでこっそり聞こうかな……。
内心涙目になりながら、アッシュを見れば彼は私からそっと視線を外した。
なんなのこの人。ルカの話では泣きながら私を抱きしめ、医者に何としても治してくれと懇願していたって言っていたのに。
この反応はなんなの。
「ルカ、お父様は一緒は嫌みたいなので……」
「嫌なわけがない。ルカ、ビオラが良くなったらまた旅行へ行ってみんなで一緒に寝るのはどうだ」
「一緒でしゅか?」
「ああそうだ。寝るまでたくさんお話をしよう」
「いいんでしゅか?」
「ああ、もちろんだ」
アッシュの言葉にルカは満面の笑みを浮かべていた。
嫌なワケないっていうなら、もっとこう普通に反応してくれたらいいのに。この人の反応って、本当に相変わらず分かりづらいわ。
「楽しみでしゅ!」
「ええ。そうね。いっぱい、いろんなことを一緒にしましょうね」
私がずっと望んでいたものは、全て目の前にあった。
もうルカが闇落ちすることはないだろう。でももしがあったらダメだ。だって――
「こうやって家族になれたのだからね」
「そうでしゅね。ビオラ……お母さま」
窓から日差しが降り注ぐ。
まだ春までは少し遠い。だけどどこまでもここは暖かく、私は幸せだった。




