086 帰りたい
ざっと辺りを見渡す。
脱出経路として最適なのは窓だから、もちろん近づけるような状況にはない。
息苦しさと恐怖で泣き出しそうになる自分をなんとか奮い立たせ、ドレスの裾を破き口に当てた。
ない時よりかは幾分かマシなものの、所詮はその程度。このままだと確実に死んでしまうわ。
窓から逃げ出せないとなると、脱出経路は目の前にある扉だけ。
「まったく最後の最後まで、やってくれるわね」
私は上半身を押し付ける形で、扉を押す。しかししっかりとした扉は、ビクリともしない。
「私の力じゃあ、全然ダメね」
こんなことならアッシュの言う通り、もう少し太って体力をつけておくべきだったわね。
あの頃からだと少しは太ったけど、でもまだ全然だもの。
「帰ったら私もルカと一緒に騎士たちと体力作り……しよう」
だんだんと息苦しくなってくる。しかし少しでも声を出していないと、恐怖から自分がダメになってしまいそうだった。
「早く帰りたい」
私を動かす原動力は、どこまでもそれだった。早く帰ってルカの誕生日の用意をしなくちゃ。
でもその前にあの子を抱きしめたい。
今回のことできっと、たくさん傷ついてしまったはずだから。
なんなら一緒に寝るのもいいなぁ。三人で大きなベッドで寝てみたい。なんか本物っぼいわよね。
そんなことを考えながら私は肩で扉に何度もタックルをする。
それでも扉は全く動くことはない。
「ルカは……大丈夫かな」
だんだんと目の前がぼやけて行くのが分かった。帰って家族団らんがしたいだけなのに、まったく邪魔が入りすぎよね。
「……アッシュ様……」
やっと少し距離が縮まったのに、私……。扉に寄りかかったまま、力が抜けた足から床に崩れ落ちる。
目を閉じてはダメだと分かってはいても、もうどうすることも出来ない。
「ビオラの退場……て、病気……じゃ……なかった……のか……な」
諦めかけたその瞬間、いくつもの大きな足音が聞こえてくる。
ルカが助けを呼んでくれたのだろうか。だけどそれを確認するだけの力はもうない。
「ビオラ! ビオラ!」
「……アッシュ……?」
どこまでも大きな音と、扉がきしむ音。
私の力ではビクともしなかった木製の扉は、アッシュによって蹴破られた。
木の破片がバラバラと崩れ落ち、その向こうに私が求めていた人の顔がある。
アッシュの顔はどこまでも青ざめていた。
そして彼は私をきつく抱きしめる。
「会いたかった。ありがとう」そう伝えたいのに、声は出なかった。
「ビオラ、ビオラしっかりしろ!」
泣き出しそうなアッシュの頬に触れた瞬間、私の意識はなくなっていた。




