085 悪あがきの果て
ルカに手を伸ばし、その小さな手を取ろうとした瞬間、ガタンというやや大きめの音で私は振り返る。
そこにはやや下を向きながら髪を振り乱し、つい先ほどまでと余裕や勝ち誇った笑みなどまったくないノベリアがいた。
彼女は青白い顔で、ブツブツと恨みのごとのような何かを呟いている。
その言葉は聞き取れないものの、彼女の手にはなぜか三つの蝋燭に火がついたままの金で出来た燭台があった。
おそらく先ほどのガタンという音は、暖炉の上に置いてあったそれを下ろした音だろう。
「なにを……」
声をかけてもノベリアはこちらを見ようとはしない。
ただフラフラとそれを持ったまま歩き出し、窓の前に立った。
ゆらゆらと揺らた蝋燭の炎が、力なく歩くノベリアに似ている気がした。
どこまでも危うい動きに、誰もその場から動けないでいる。
「ノ……」
彼女の名前を呼ぼうとしたその瞬間、顔を上げてこちらを見た。虚ろな瞳に私が写る。
「いつだって何もかもあたしのものにならない。彼だって愛していたのに」
「ノベリア」
彼とは、アッシュと別れたあとに一緒になった人かしら。素性など詳しくは知らないけれど、ノベリアがお金などではなく、本当に愛した人だったのだということは何となく分かる。
自分よりも身分も低く、お金がなくても一緒にいたかった人なのだから。
「何もかも思い通りにならない世界なんて、いらないわ」
「!?」
ノベリアは、力なくただ笑った。
そして笑ったあと、蝋燭の火をカーテンに押し付ける。
「いけない!!」
シルクで出来た柔らかく細かな刺繍の施されたカーテンは、あっという間に火を飲み込んだ。
そしてすぐに火は天井までたどり着き、一気に燃え広がる。
「あははははははは。いらないものなど、全部消えてしまえばいいのよ」
狂ったようにノベリアはその炎を見つめながら、ただずっと笑い続けていた。
いけない。この屋敷が何で出来ているか分からないけど、このままだと一気に全焼してしまうわ。
黒い煙が室内に立ち込める、焦げる嫌な匂いが鼻につく。
手で口を押さえたものの、喉が一気に痛くなる。
このままここにいたら、一酸化炭素中毒になってしまうわ。焼け死ぬのも、どっちも嫌よ。
狂ったように、笑いながら一人くるくると回るノベリアを助ける手立てはない。
彼女に構っていたら、ルカが危ないわ。
先にルカを外に出してから、助けを呼ぼう。
「ルカ」
「ビオラ!!」
私が喋るのとほぼ同時にルカが声を上げた。そしてその声と共に、ドアが閉まる大きな音もする。
一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
しかしドアの外側で暴れるルカの声を聞いた瞬間、ようやく頭が理解し始める。
「離して!! 離せでしゅ!! うわぁ。ビオラ、ビオラ!!」
暴れる声のあと、ルカがドアを叩く音が部屋に響いた。
「ルカ、そこにいるの? 乳母は? ルカ、大丈夫なの!?」
「ぼくは大丈夫でしゅ。でも、乳母が鍵を……ビオラ、ビオラ、開かないでしゅ」
矢継ぎ早に聞いた私に、ルカは答えてくれる。だけどその声は泣いているように聞こえた。
おそらく気が動転した乳母がルカを連れて部屋の外に出たのだろう。
そして鍵を閉めた。火事から自分たちを守ろうとしたのか、それとも悪事がバレたことに対しての仕打ちか。
今は考えてもそのどちらかなど、分かりはしない。だけど、とりあえずルカが無事なのだけは分かった。
「ビオラ、ビオラ、ビオラ!!」
「ルカ、落ち着いて。私は大丈夫よ。だからとりあえず誰か大人を呼んできてくれるかな。火事になってドアが開かないと言って?」
「でも」
「出来る? これは重要な任務よ」
こうして会話しているうちにも、どんどんと火は広がっている。
本当は全然大丈夫ではない。だけど今ルカにそれを伝えるのは得策ではないだろう。
私は私でここから脱出する手段を探さないとダメね。もう時間はなさそう。
「分かったでしゅ。行ってくるでしゅ。待ってて!!」
大きな声と、駆け出す足音を聞いて、私はほんの少しホッと胸をなで下ろし




