084 母に
「ルカはあたしのこと、見捨てたりなんてしないわよね?」
「ボクは……」
腕を掴むルカの手に、力が入ったのが見て取れる。
「ルカ、一緒に帰りましょう?」
私はその場にしゃがみ込み、まっすぐにルカを見た。
そしてそのままルカに微笑みかける。
「ビオラ……でも」
「私はあの家でルカがいないと一人ぼっちだって言ったの覚えてる?」
「!」
一度ルカは視線を落としたものの、私のその言葉に反応するかのように真っすぐにこちらを見てくれた。
まだほんの数か月前。私たちが出会った時に話したことだ。
「でも、今は……」
「そうね。ルカの言う通り、今はあの屋敷の中でいろんな人と仲良くなれたわ。あなたのお父様である公爵様だってそう」
「……」
「でもね。私は初めからずっと、ルカ、あなたと仲良くなりたかった。もちろん一番初めに出来たお友だちであるのもそうだし。今はあなたを愛しているから」
初めは友だちになってなんて頼んだけれど、今はもう違う。
ずっとルカには言えなかったこと。もしかしたらルカの負担になってしまうんじゃないかって。ノベリアという実の母親がマトモだったら、こんなことを言ったらルカが混乱するんじゃないかって思っていたから。
でも今なら言える。
私の本心でもあり、ノベリアにルカを渡さないという強い意思があるから。
「ルカ、お友だちではなく私の息子になってくれないかな。私をあなたの母親にさせてくれないかな」
「でも、でも、でも」
ルカは何度か首を横に振ったあと、意を決したように言葉を紡ぎ出した。
「ビオラが子どもを生んだら……ボクのこといらなくなるんじゃないでしゅか。あの猫が来た時のように」
「ならないわ。確かにお世話が忙しくて、あなたのことを見てあげられなかったことは本当よ。でもね、例え私が子どもを生んだとしてもあなたを一番愛しているわ。だって、この世で天使のようにかわいい一番の息子じゃない」
「ボクが……ビオラの息子?」
「ええ、そうよ。だから一緒に帰りましょう?」
私はそう言いながら、腕を大きく広げた。
ルカは泣き出しそうなのか、それとも笑いたいのか。顔をぐにゃりとさせながらも、必死に考えているように見えた。
「馬鹿なこと言わないで! ルカの母親はあたしだけよ。あたしが生んだ子なの。だからあたしがこの子を育てるのよ!」
「先にそれを放棄したのはあなたでしょう。自分の都合で子どもを振り回さないで」
「うるさい、うるさい! ルカ、ねぇルカ。まさかこの女を選ばないわよね? あなたは、あなただけはちゃんとお母さまを選んでくれるわよね?」
「ボクは……ボクは……」
ノベリアの行動も言動も、私には病的に思えた。
ふらふらとルカに近づこうとするノベリアの手を、私は思わず掴んで引き留めた。
するとノベリアは先ほどまでの悲観した顔ではなく、怒りに満ちた表情で私を睨みつける。
「あんたが邪魔しなければ……あんたが現れなければ、全部上手くいくはずだったのよ!」
ノベリアは力任せに手を振り、私の手を振り解く。
私がビオラとして転生しなければ、確かに彼女の思い描く通りの未来になっていただろう。
でも、現実はそうならなかった。
これが偶然だっていい。私はルカが大切で、今の幸せを守りたいから。
「残念だったわね。思い通りにならなくて。でも、それも全部全て自分のせいでしょう」
「あんたに何が分かるって言うの!」
「分かりたくもないわね」
大昔に自分の父親の手によって、うちの父の愛人にされてしまったノベリアに同情をしないわけではない。でも、その先は彼女が望んで選んだ結果だから。
「私と一緒に帰りましょう、ルカ。あなたのおうちに」
「……はいでしゅ。ボクはビオラにお母さんになって欲しいでしゅ」
ルカはそう言ったあと、泣きながら笑った。




