082 ただ欲望のままに
「あたしは父によって、国王陛下の愛人にさせられたのよ」
耳を疑うような言葉だった。
実の父によって、自分の父親よりも上の存在の愛人にさせられるなんて。
ありえない。だけど、そうか。あの本邸の豪華さはそういうことなのね。
自分の娘を父に差し出し、子爵はその利を得たってこと。
「同情とか辞めてよね。あたしには天職だったんだから。あのお方の言うことさえ聞けば、どれだけでも自由に生きれたし、お金だって湯水のごとく使うことが出来た。この国で一番、裕福になったと言ってもいいわ」
ノベリアはそう言いながら、自分の細く白い指にはまった大きなブルーの石がついた指輪をうっとりと見つめた。
私にはまったく分からない感情だ。
確かにビオラになる前は、どこまでも貧乏だった。
両親がお金をかけてくれるのは弟だけで、就職して家を出てからもブラック企業だったし安月給だったから。
都会で住むにはお金がたくさん必要だったし、給料日前なんてほぼうどんかもやし生活だったっけ。
でもそれでも、私にはお金よりも大事なものがあの頃には確かにあった。
自由な時間もそうだし、一人の人間として自分の決めた道を生きていくことが楽しかったから。
「そんなにお金が大事だったのに、貴女はルカを生んだあと、全てを捨てて出て行ったじゃない」
「そうよ? だって、息子を置いて行けば公爵が手切れ金としてたくさんお金をくれるって言ったからね」
金、金、金、金。
どこまでいっても、どれだけ話しても、ノベリアの中心にはお金しかないように思えた。
「だったらそのお金で勝手に暮らしていればよかったじゃない。今更、なぜまたルカに固執するのよ」
「そんなのお金が尽きたからに決まってるでしょう?」
「そんな理由でルカにあんなひどいことをしたの?」
「そんな理由? 人様の大切なモノの大きさを、そんなものとか言わないで下さる?」
「子どもの心に比べたら、そんなものでしかないでしょう!」
相手のペースに吞まれてはいけないと思っていても、言い返さずにはいられなかった。
お金なんかのために、ルカがどれだけ傷ついてきたのか、分からないのかしら。
「だいたい、貴女がいけないんですよ、ビオラ様」
「は?」
「貴女があの王子様と再婚してその座をあたしに譲ってさえくれていたら、あの子を傷つけなくても良かったんですから」
言いながら笑うノベリアの顔を見ていたら、抑えきれないほど腹が立って行くのが自分でも分かった。
殴ってやりたい。そんな気持ちを抑えるために、私は自分の手首を反対の手でぎゅっと掴み衝動を抑える。
「貴女がいけないんですよ。とっととその座を返してくれればいいのに。だいたいそう。始めから気に食わなかったんですのよ。元からあたしが彼の元を去ったあと、次の妻にはあたしの息がかかった令嬢がなるはずだったのに」
自分はその座を退いても、自分の息がかかった娘ならば簡単に操れるものね。そしてそれはおそらく父も了承済だったのだろう。
まったく馬鹿にしすぎだわ。
「なのにビオラ様が皆の前で自分が彼の元へ降嫁するなんて宣言してしまうんですもの。いくら国王陛下が貴女のことなど気にもかけていなかったとしても、他人の目がありますものね」
父が私が二度目の褒賞になると言った時、断らなかった理由の一つだ。
もちろん私が父にとって自分のコマであるという前提もあったけど、それ以上にわざわざ断れない状況で私は公爵の二度目の褒賞になりたいと宣言したのだ。
他の大臣たちや貴族が集まっていた手前、父も二つ返事するしかなかったのだろう。
おそらくここから、父とノベリアの計画は崩れて行ったに違いない。
「悪事なんていつかは破綻するって分かっただけ、良かったんじゃないですの? どちらにしても、今回ノベリア様が行ったことは誘拐でしかないですわ」
「誘拐だなんて、大げさな」
「大げさ? ルカが自分の元へ来るように仕向けたのは貴女でしょう」
一瞬でもこの人が可哀そうな人なのかもしれないなんて思った自分を返して欲しいわ。
ノベリアは結局どこまでいっても、自分の欲望に忠実だとしか私には思えて仕方なかった。




