080 関係性
本邸よりはやや小さいものの、白い外壁に緑の屋根がよく映える綺麗な建物だった。周りには秋の花たちがたくさん咲き乱れ、どこまでも手入れが行き届いている。
ふと思う。規模は本邸も小さかったが、その造りは精巧であり、エントランスの調度品もとても高価なものばかりだった。
花瓶や壺、それに真っ赤な絨毯や煌びやかなシャンデリアもそう。
どれをとっても、きっと公爵家にあるものとあまり引けをとらないだろう。だけどそのお金はどこから来るものなのだろうか。子爵家が元から裕福だったという話は聞いたことがない。
兄から聞いたあの話が本当だとしても、それだけでは辻褄が合わないわよね。でも今はそんなことより、ルカの救出が先ね。
執事長はやや私の顔色を窺いながら、別邸の玄関の扉を開けた。
エントランスには私が押し掛けてきたのをすでに知っていたのか、ノベリアが侍女をその後ろに数名立たせながら腕を組み、仁王立ちして待ち構えていた。
しかし私にとってもこれは想定内。
だからムッとする彼女を無視し、辺りを見渡す。
ルカの姿もあの乳母の姿もいない。
おそらく私に会わせないようにするために、乳母がルカをここの二階にでも隠しているのだろう。
ノベリアと侍女くらい、払いのけて二階まで行ってしまってもいいけれど、もしそのせいで乳母がルカに危害を加えたら困るわね。
穏便に済ませる気など全くないけど、ひと先ずは彼女たちの出方を見るしかないわね。
もうちょっと待っていて、ルカ。ちゃんとこんなところから連れ出してあげるから。
「招待もされていないくせに、よく来たものですわね」
「あら、その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
私は嫌味を放ったノベリアの言葉を鼻で笑う。
まったく自分がしたことは棚に上げてよく言うわね。ビックリよ。
「今日は何の用ですの、元王女様」
「今は現公爵夫人ですわよ。もしかしてもう忘れてしまったのです?」
「いえ? てっきり離縁されたのかと思ったのに、まだその座にしがみついていらしたのですね」
あれだけ仲の良い夫婦像を辺りにアピールし、社交界ではすっかり広まっているはずなのに。
どこをどうしたら、離縁なんて言葉が出ると思うのかしら。でもそうね、きっとこう返すのが正解なのでしょうね。
「ごめんなさいね。あなたの計画通りに進まなくて」
そう言った私を見たノベリアは、顔を歪め心底嫌そうな表情を見せてくれた。
その時点で、全てが確信に変わっていく。
やっぱり全部この人が仕組んだことだったんだ。
おかしいと思っていたのよ。急に父が私とアッシュの仲を心配するなんて。誰かが絶対に口添えしたとは思っていたけど、私と彼の仲を引き裂くためにわざわざ父まで利用しただなんて。
「全部知ってらしたの?」
「ええ。兄から聞きましたから」
「そう……。まぁいいわ。ここではなんだから、お茶出しますわよ」
苦虫を噛み潰したような顔を一瞬だけした後、またいつもの余裕をノベリアは浮かべた。
そして視線を客間に向け、私に入るように促す。
おそらくは罠だろう。もしかしたらお茶に毒でも入れるつもりかもしれない。
だけど、引くのは癪よね。なんだか負けたみたいだし。
私はやや警戒しつつも、彼女の提案を呑んだ。
客間に入ると、先にノベリアがソファーに腰掛け、私はその対面に座る。
彼女の後ろで控えていた侍女たちは、お茶を用意するのか部屋には入って来なかった。
「で? どこまで知っていますの?」
先に口を開いたのはノベリアだった。
彼女は形の良い赤い唇の口角を上げ、不敵に微笑んでいる。
「貴女が父の愛人だったということ、その父に進言して私に新しい縁談を持ってこさせたことくらいでしょうか」
「元王女様にしては、頭が良くってビックリですわね」
ノベリアはそう言ったあと『あははは』と小馬鹿にしたように笑った。
私は彼女のペースに乗せられないように、ムッとしたい気持ちを押さえ、どこまでも冷静に振舞う。
「まさか貴女が愛人だったとは夢にも思いませんでしたわ」
「まぁ、そうでしょうね。でもよく考えて見て下さいな。どうしてただの子爵家令嬢が公爵の妻として、国王陛下に選ばれたのか」
確かにそうだ。考えたら、子爵家令嬢と公爵とでは身分が違い過ぎる。しかも二人が愛し合っていたわけでもなければ、ただの政略的結婚だったと考えても、父がノベリアとアッシュを結婚させることに何の意味があったのか。
普通ならば何もないし、ノベリアからしてもいい迷惑だったはず。でも彼女はそれを了承した。
ノベリアは父の愛人であり、父のコマだったから……。
「父の手先として彼と結婚をしたの?」
「手先ねぇ。あたしはそんな女じゃないわ。欲しかったのは彼の地位とお金よ。あの結婚はただの政略的なものだったし、彼があたしを愛することがないことも知っていた。その方があたしには好都合だったのよ」
「空しくはないの? 愛されないと分かっていて、ただお金のためだなんて」
「知った口利かないで。貴女は飢えたことも、貧しかったこともないのでしょう⁉」
珍しく、ノベリアは声を荒げた。
だけどその怒りには彼女の全てが詰まっているような気がした。




