080 ハッタリ
アッシュの帰宅を待たず乗り込んだ馬車の中で私は、ほんの少しだけ後悔した。
さすがにノベリアが過激な行動をとるとは思えないけれど、それでも安全を考えたら待つべきだったとは思う。
でもルカのことを考えると、とても待てる状況ではない。
窓の外を流れる景色は紅葉が始まったのか、木々が色づきどれも綺麗だ。
しかしそれを鑑賞する余裕など今の私にはない。
むしろあの手紙を見てからずっと心臓が早く鳴り響き、手に汗がじっとりとにじんでいた。
「ルカに何かあったら……」
考えちゃダメだと思っていても、嫌な想像ばかりが増えていく。そして時折馬車の窓に映る自分の顔は青白く、どこまでも酷いものだった。
馬車が子爵家の正門まで着くと、予想通りに門番と揉めることとなった。元々突撃しているのだもの、これくらいは想定内。
私は馬車から降りると、そのまま門番の前に立った。
「私はこの国の元第五王女であり、現公爵夫人のビオラ・グラドル。ノベリア子爵令嬢に急ぎの用があり参りました。そこを開けなさい」
「で、ですが」
門番は視線を泳がせながら、手に持つ槍を何度も握り直していた。本来ならば、ノベリアより身分の上の私を断ることは出来ない。でもきっと、ノベリアからの命令で誰も入れるなと言われているのだろう。
でもね、人間なんて命令なんかより自分の身の方が可愛かったりするものなのよ。
「そこをどかないというのなら不敬罪にて王宮騎士団に引き渡すつもりだけど、よろしくて?」
「!」
私の言葉に門番は震えあがり、肩を大きく上げた。そしてやや泣きそうな顔で何度も首を横に振る。
「どかないなど、そんなつもりは毛頭ございません。どうぞお通り下さい」
「ありがとう」
不敬罪なんてものが本当にあるのか知らないし、そんなもので王宮騎士を動かせるものでもないことなど何となく分かる。だけどこういう時って、ある程度言った者勝ちだし、案外ハッタリも効くものね。
この人には悪いけど、こんなところで足止めされている時間なんてないのよ。
「奥様、馬車はどこに付けておきましょう」
「私はそのまま歩いて中に入るから、玄関前で待機していてちょうだい」
「かしこまりました」
御者に指示を出すと、私は駆け出したい気持ちを押さえつつ早足で子爵家の玄関を一人開けた。
◇ ◇ ◇
エントランスには、外の騒動を聞きつけたのか使用人や執事たちが待ち構えていた。だけど当主が出てこないところを見ると、どうやら外出中らしい。
おそらくノベリアも、わざとその時を狙ったのかもしれないわね。
「これはグラドル公爵夫人様……この度はどのようなご用件で。あいにく今、当主は不在でして」
集まった使用人の中でも一番老齢な執事が丁寧に私に声をかけてきた。執事は白髪の髪をきっちりと後ろでまとめ、短いひげを生やしている。その表情は押し掛けてきた私に迷惑だと言うこともなく、どこまでも穏やかだ。
年齢的にいっても、おそらくこの人が執事長ね。なんとなく、まだ話は通じそう。
「急な訪問は詫びます。今日はご当主様ではなく、その令嬢であるノベリア様に急ぎの用があり参りました」
「ノベリア様……ですね」
やや歯切れの悪い返答。
表情こそ出さないものの、どこかうんざりしているようにすら思える。まぁ、彼女はあんな性格だし、一応出戻りだからね。使用人からあまり良くは思われていないのかもしれないわね。
「ええ。本当に急ぎなの。すぐに取り次いでちょうだい。今、王宮から夫もここへ向かっています。急いだ方が子爵家のためにもなるかと思うのだけど」
「……すぐご案内いたします」
察しのいい執事長はすぐに事の重大性に気付いたのか、私を本邸の裏にある別邸にすぐさま案内してくれた。




