073 もし、という世界線
「ビオラ姫……これ、は……」
ただ成り行きを見守っていたアルトリオは、肩を落としながら呟く様に声を上げた。
ある意味、今回の一番の犠牲者は彼ね。
本当にどうしてこんなことになったのか分からないけど、アルトリオは全然悪い人ではなかったわけだし。
「申し訳ございません、アルトリオ様。この方は我が夫なのです」
「ですがビオラ姫、貴女の結婚は愛のない白い結婚で、さらに屋敷では冷遇されていると……」
彼の言葉に私は静かに首を横に振った。
確かに初めはそうだったかもしれない。
だけど今は違うのだから。
「継母として嫁いだ私を父が心配するあまり、そのような世迷言を言ったのだと思います。最近父は病に伏せることが多く、自分の力があるうちに、私をより幸せにして下さるアルトリオ様の元へと考えたのだと思います」
「それは……」
「あくまで全て病に冒された父の妄想に過ぎず、公爵との結婚を望んだのは他でもない私です。私は……」
そこまで言いかけて、私はアッシュを見上げた。
なんとなく、心のどこかで認めてしまうのは癪だと思う自分がいるのも本当。
だけど、それ以上に気付いてしまったんだ。
正直な自分の気持ちに。
私は同じ。
そうビオラと同じ。
いつからだろう。
それすら思い出せないし、本当は今の私の状態が転生なのか憑依なのかすら分かってはいない。
だけど、思いは同じなのだ。
「私は誰よりも夫のことを大切に思っております」
愛してるなんて恥ずかしいし、私から伝えてしまうのは負けたような気がするから、同じ意味を込めながらも、こう言葉を変えた。
「それは公爵、あなたも同じですか?」
「ええ。初めこそ行き違いがあり、彼女をたくさん傷つけてしまったことは確かです。ですが、幼き頃よりビオラのことを愛する気持ちだけは変わりありません」
聞き間違えかと思うほど、私はその目を見開く。
私があえて言わなかった言葉を、アッシュはさらりと言ってのけた。
それも二人だけの時ではなく、アルトリオの前で宣言するかのように。
「アッシュ様……」
「中々言い出せず、本当にすまない。バカみたいなちっぽけなプライドのせいで君を傷つけてしまって。許して欲しいとは思わない。だけど、それ以上に挽回するチャンスをくれないか」
「……まったく……。そういう言葉はもっとロマンチックな場所で、二人の時に言って下さい」
どこまでも恥ずかしかったから、それを隠すために私はむくれて見せる。
今応えられることは、それだけで精一杯だった。
「では本当に、国王陛下がビオラ姫のことを案じてなさったことなのですね……」
「申し訳ありません、アルトリオ様」
私の言葉に、やや苦笑いしながらもアルトリオは力なく首を横に振った。
「一つだけ、一つだけ聞いてもいいかな」
「なんでしょうか?」
「もし出会うのがぼくのが先だったら、未来は変わっていたかな」
アルトリオは少なくとも、悪い人ではない。
むしろそれ以上に、かなりいい人なのだろう。
でも、どうなのかな。
アッシュより先にこの人に会っていたら、未来は変わっていたのかな。
元々、私を取り巻く今はどこまでも複雑だ。
いつか何かの拍子で、やり直しが起きないとも限らない。
そうだとしたら……。
私にはただ、微笑み返すことしか出来なかった。
「うん、いやいいんだ。悪かった。ありがとう」
「すみません」
「ぼくは結婚式を挙げられなかった、幼き日の初恋の姫の結婚を祝いに来ただけさ。だから、気にしないでくれ」
アルトリオは私と同じように、そう言いながら笑ってくれた。




