072 会いたかった人
「確かにぼくの国はここに比べれば小さな国で、裕福でもないですが、ただ一途に貴女を愛することならできます。だから、どうかぼくと結婚をして家族になりましょう」
急に立ち上がり、アルトリオは私の席の前まで来ると地面に片膝をつき、私に片手を差し出した。
家族……。
その言葉に思い浮かぶのはルカの顔だった。
今どうしているのかしら。
ちゃんとご飯は食べれたかな。
泣いていたりはしないと思うけど、それでも少しぐらい寂しがってくれているかな。
会いたい。
会ってちゃんと話がしたい。
私じゃダメかなって。
ずっと誰よりも傍で、一番の味方でいるから。
私じゃダメかな……。
ルカの母親には、なれないのかな。
「ビオラ姫?」
「私は……」
「ビオラ!」
私が言いかけた言葉を遮るように、大きな声が中庭に響き渡る。
すごく聞きなれたはずのその声は、なぜか焦りを帯びている。
そして急ぎ駆け寄るその姿が見えると、私は立ち上がり彼の元へ走り出す。
大きく伸ばされたその腕の中に、私は飛び込んだ。
「ああ、ビオラ。良かった、無事で」
「……アッシュ様」
温かなその腕の中は、愛されていると錯覚してしまいそうなほど、どこまでも幸せだった。
「来るのが遅くなってすまない。登城禁止を食らっていて、解除できる人間を連れて来るのに時間がかかってしまったんだ」
「そうなのですね」
「心細かっただろう」
「……はい。すごく……寂しかったです」
なぜか今日は、どこまでも素直になれる気がした。
本当に寂しくて、不安で仕方なかった。
このまま迎えが来なかったら。
二人から不要だと言われてしまったら。
行き場のない私はどこへ行けばいいんだろう。
父の思惑通りになんてしたくないと思っていても、どうしようもないのではないかという絶望だけが、どんどんと膨れ上がっていたから。
「すまない、ビオラ。でも君が本当に無事でよかった」
「そういえば登城禁止って」
少し落ち着いてきた私は、腕の中で身じろぎしたあと彼を見上げた。
アッシュはどこまでも優しい顔で私を見ている。
「ああ、国王陛下が君に会わせないようにするために、公爵家の人間を登城禁止にしたようなんだ」
「そうだったのですね」
父の登城禁止を覆せる人間ということは……。
「解除されたということは、兄が城に戻ったのですか?」
「ああ。辺境で起きた騒動のために駆り出されていた殿下を連れ戻してきたんだ」
「もしかするとその騒動っていうのは」
「ああ、どうやらデマだったらしい。しかし確認のために時間がかかっているところを、事情を説明し連れ戻してきたんだ」
用意周到と言うか、なんというか。
それほどまでに、父は私を隣国に嫁がせて何がしたかったのかしら。
確かに結びつきという面では。政略結婚はよくある話。
だけどわざわざ結婚している私を離婚させてまで、するようなことではないはず。
だいたい父の耳に、私たちが白い結婚だと。
夫婦仲が良くないと教え込んだ人間がいるはずだ。
でもそんなこと、可能なのかしら。
最近は父は病に臥せっていて、面会だって制限していたはずなのに。
「ああ、家は……ルカはその、大丈夫でしたか?」
「ルカは君がいなくなって、とても寂しがって後悔していたよ」
「後悔?」
「最後のあの日、なんでちゃんと顔を合わせなかったんだろうって。一緒に食事を取っていたらって」
「でもあれは……」
ルカが悪いわけではなかった。
あんな小さな体で、いろんなことがたくさん起きていたのだもの。
混乱だってするし、考える時間だって必要なはず。
「ルカは君が何より大切だと言っていたよ。だから何としても連れ戻して欲しいって」
「ルカが……ルカがそんなことを?」
「ああ。そして帰ってきたら、ちゃんと自分の口から君に、母親になって欲しいと言うんだって」
アッシュの言葉に、涙がボロボロと零れ落ちる。
ルカがそんなことを思っていてくれたなんて。
嘘じゃないのよね。
こんなに幸せでいいのかしら。
私は涙を止めることが出来ずに、思わず両手で顔を覆った。




