071 お茶会という名の顔合わせ
あの絵姿の人……よね?
思わずそう声が出そうになるほど、その絵姿とは似ても似つかぬ男性が中庭に用意された茶会の席に座っていた。
彼は私を見るなり、嬉しそうな顔でこちらに手を振る。
少し落ち着いて考えてみよう。
絵姿とは、お見合い写真のようなもの。
多少なりとも加工っていうか、良く書かれるものだとは理解していた。
んで、書いてあったのが歳は二十歳。
薄い緑の髪に、赤色の瞳。
公爵よりも全体的に丸めで、背に当たる椅子の感じからすると背は低そう。
色白なせいかそばかすがやや目立ち、絵姿という特性もあって、おそらくはこの二倍ほどの横幅が想像できた。
だけど今目の前にいるのは、おおよそ二十歳とは思えない男性だ。
その父親か? とツッコミを入れたくなるレベル。
薄緑色の髪は後退しまくり、テカテカと脂ぎった額が輝いている。
全体的にかなり丸いせいか、目はその肉に埋もれて細めだ。
丸いというレベルにしても、少なくとも公爵の二倍、私の三倍以上はあるだろう。
しかも座っている座高の高さからしても、背は私より頭一つ分近く低いわね。
いや、なんていうか。
どこもかしこも、全部嘘ってすごいわよね。
えっと、これで初婚?
むしろこそだけ合っているとか、そんな感じじゃないの。
怒りよりも呆れしかないというのはこのことね。
それでも今は逃げ出す術はない。
私は引きつったような顔のまま、彼にお辞儀をしてみせた。
「は、は、初めまして、ビオラ姫」
やや緊張しているのか、彼は嚙みながらもにこやかに声をかけてくる。
「初めまして。えっと……」
えっと、名前なんだっけ。
絵姿に書いてあったけど、興味なさ過ぎて覚えてきてないわ。
「あの、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
忘れたのではなくて、初対面だからそう聞いているだけよ。という体をとり、私はごまかす。
髪を耳にかけ、下からのぞき込むように尋ねれば、彼はその顔が茹で上がってしまうのではないかと思うほど、赤くさせていた。
顔からは尋常ではないほどの汗が流れ落ち、あわあわとさせている。
「あの。これよかったらどうぞ」
こんなに汗かいて大丈夫かしら。
さすがの私でも心配になり、彼に持っていたハンカチを手渡した。
「あ、ああ、ああ、すみません、すみません、ビオラ姫」
余計にあたふたしながらも、彼はハンカチを受け取りその汗を拭く。
なんだろう。
あの絵姿は間違いなく詐欺でしかないけど、少なくともこの人からは悪意とかそういうのは感じられない。
むしろこんな席ではなかったら、普通に友だちみたいな会話だって出来そうな気がする。
もちろんそれがこちらを油断させる手かもしれないから、気は緩められないけどね。
「ぼ、ぼくのことはアルトリオとお呼びください」
んと、この人って王子なのよね。一応。
歳がそんな風には見えないけど。
ここは王子と呼ぶべきなのかしら。
全然分かんないじゃない。
ホント、あの絵姿を手配したヤツだけは殴ってしまいたいわね。
「では、アルトリオ様」
「は、はいビオラ姫!」
私がその名前を呼んだだけで、アルトリオは椅子から飛び上がりそうな勢いで体を揺らしていた。
「あの、その姫というのはもう……」
「いえ、聞き及んでおります! どうぞご心配なさらずに」
「えっと、何を聞かれているのですか?」
どこまでも自信満々な彼に私は思わず尋ねた。
「あなたが嫁いだ先で酷い仕打ちを受けているとのこと。このぼくが必ず助け出してみせます!」
やはりというか、なんというか。
これだけ聞くとこの人も被害者じゃないのかしら。
あんな根も葉もない嘘を吹き込まれて、こんな隣国までやって来させるなんて。
どう頑張っても、これ外交問題になるわよね。
父はどうするつもりなのだろう。
私が父の意思に従って、何も言わないと思っているのかしら。
その考えが見えぬまま、私はアルトリオに何と言うべきなのか、少しの間言葉が見つからなかった。




