069 最悪の状況
抵抗空しく、私はそのまま一つの部屋に放り込まれた。
客室じゃなくて、ここはビオラの部屋かしら。
部屋の中は綺麗に整えられてはいるものの、物が少ない。
昔の公爵家の部屋よりま幾分かマシというレベル。
カーテンやベッドシーツなど、使っているものが高級だからそう思えるのかしら。
だけど私にはあいにく子どもの頃のビオラの記憶はないのよ。
だから思い入れとかもないの。
この部屋にでも押し込めておいたら、考えが変わるとでも思ったのかしら。
「冗談じゃないわ」
どこかから脱出できないかしら。
いてもたってもいられない私は、クローゼットの中を覗いたあと、窓に触れる。
鉄格子なんかはハマっていないものの、窓は固く開くことが出来ない。
「もぅ。どうなってるのよ」
扉の向こうには、騎士が立っていて開けられなくなっていたし。
窓も開かない。
これじゃあ、助けも呼べないじゃない。
頭にきた私が、父である国王の顔を思い浮かべながら何度か床を踏みつけていると、短いノックのあと侍女が入室してきた。
「失礼いたします」
「ちょっと」
王宮の侍女だろう。
歳は私とあまり変わりない。
直談判すべく彼女に近づくと、やや顔を引きつらせていた。
「どうなさいましたでしょうか、ビオラ様」
「どう、じゃなくて。家に帰りたいのだけど」
「それは……国王様より、このお部屋にとどまっていただくよう仰せつかっております」
「私が嫌なの」
「ですが」
「もう私はこの国の姫じゃないのよ? すでに降嫁した身で、公爵夫人です。いくら父とはいえ、私をここにとどめる権利などないはずなのに」
こんなこと侍女に言っても仕方ないとは思いつつも、ついまくし立てるように言い放っていた。
侍女は私の言葉に顔を青白くさせている。
「申し訳ございません」
「ああ、ごめんなさい。あなたのせいではないって分かってはいるのよ」
我ながら大人げないわね。
彼女はただ自分の仕事をこなしているだけなのに。
でも、本当にどうすればいいのか。
「そうだ。せめて手紙とか、家宛に出せないかしら」
「……そういったことは一切禁じられております」
「はぁ」
まったく何がしたいのよ、本当に。
ボケちゃったんじゃない。
ううん。ボケたほうが、まだきっとかわいいわよね。
この期に及んで、私を利用したいって思っているみたいだし。
全然可愛くないわ。
だいたい、なんでこんな時にお兄様は不在っぽいのよ。
ちゃんと止めてよね、こんな暴走。
「出るのも手紙も禁止なのね」
「……はい」
「どうしても無理な感じ?」
賄賂とかって趣味じゃないけど、背に腹は代えられない。
って、なんか渡すモノ持っていたかな。
私はあるはずもないポケットを探したあと、今度は部屋を見渡した。
しかし目の前の侍女は震える様に、ただ私を仰ぎ見ている。
「もしビオラ様が外部と連絡を取ったり、この部屋から出られてしまった場合、侍女も騎士たちも皆処分すると……」
「誰にそんなこと言われたの?」
「国王陛下よりのお言葉だと聞いております」
侍女は両手を顔の前で組み、ガクガクと震え出す。
今にも泣き出しそうなその顔を見ていると、気の毒を通り越し、怒りを覚えた。
いくら私を逃がさないためだって、ここまでするかな、普通。
尋常じゃないわね。
「……分かったわ。勝手には逃げ出さないから安心して」
「申し訳ございません。申し訳ございません」
何度も何度もただ謝る彼女の肩を、ただ私は擦った。
侍女はお茶や父からのプレゼントだという包みを一つテーブルに置くと、部屋をあとにした。
だけど親切な彼女は私の質問に少しだけ答えてくれた。
それは公爵家からはまだ何の連絡も入っていないこと。
あと兄が急な公務で、しばらくは戻れないとのこと。
どちらにしても、状況は最悪そうでしかなかった。




