068 かわいそうな娘
「聞けば公爵とは、白い結婚だというではないか」
「いえ、そんなことは……」
あるけども。
だけどそんな話、どこから漏れたというの?
今は少なくとも外では円満夫婦に見える様になってきているはずだから、貴族たちの噂でってわけではないでしょう。
でもそうなると、屋敷の中の誰かがもらしたということになる。
そんなことあり得るだろうか。
ラナたちが屋敷にいた時ならまだしも、今は職務内で知り得た情報をもらすような人間はあそこにはいないはずなのに。
そう考えると、過去の情報を鵜呑みにしていると考えるべきかしら。
どちらにしても否定しないと。
「私とアッシュ様の仲はとても良好なので大丈夫ですわ。それにあの方の子どもであるルカを自分の子として大切に育てていますし」
「だが二人の本当の子ではないだろう」
「それは、そうかもしれませんが。少なくとも私は本当の子として育てているつもりです」
出来ないことも多くて、手探りでしかないけど。
ルカは私の大切な子どもだもの。
だけどいくら大丈夫だと言っても。
仲の良さをアピールしても、父は納得することはなかった。
白い結婚なんて、自分の子ではないなんて。
私の気持ちなど聞く耳も持たぬという風に、可哀想だと締め括る。
ここまで来ると、父が言っている言葉に別の意味があるのだと気づく。
「どうしてお父様はそんなことを言うのですか?」
「ワシはお前のために考えたのだ」
「何をですか?」
「こんな不幸な結婚を続けるよりも、新しい結婚をした方がお前は幸せになると」
きっぱりと言い切った父の瞳は、先ほどまでの弱った病人の瞳ではなかった。
この瞳はよく知っている。
確かにその体は弱り切ってはいるのだろう。
でも所詮それだけ。
人間中身なんて、早々変わるものではないのだ。
父はただ自分の思惑のために、私を可哀そうな娘に仕立て上げたかっただけ。
本心はそう、先ほどの言葉にある。
新しい結婚。
要は父はもう一度私を自分のコマとして扱いたいのだ。
もしかすると、自分にとって都合のいい相手が見つかったのかもしれないし。
そうではないとしても、公爵に私をあげてしまったことを後悔したのかもしれない。
どちらにしても冗談じゃない。
兄がここへ来るなと言った意味が、やっと分かった気がする。
むしろその見た目に騙されて、同情してしまうところだったわ。
「お父様、私は今幸せなのです。それに私は現公爵夫人。いくらお父様と言えど、その地位を脅かすことは出来ません。離婚など、考えたこともない」
「ワシに逆らう気か、ビオラ。こんなにもお前のためを思う父を、裏切ると言うのだな」
「どうしてそうなるのです。もう結婚したのですよ? あなたの手から私は離れたのです」
「だから取り戻そうと思ったのだ。すべてはお前の幸せのためだ」
「そんなお話ならば、家に帰らせていただきます」
話にならないわ。
このままここにいても腹立つだけ。
一旦屋敷に戻って、公爵から話を付けてもらおう。
そう思い私が部屋から出ようとすると、その行く手を護衛騎士たちが阻む。
「そこをどきなさい。私を誰だと思っているのです」
「申し訳ございません。公爵夫人。ですが、これは国王様のご命令です」
「!」
私は振り返り父を睨みつける。
死に際だというのに、どこまでもその存在は大きく、未だ父の中では野心が渦巻いているようだった。




