067 最後の清算
支度をして馬車の手配などをしていると、まるで私のことを急かすように王宮から馬車が迎えにやってきた。
あまりいい予感のしないそれに乗ることを躊躇したものの、父である国王からの配慮だと言われると断ることもできなかった。
帰りは公爵家の馬車で迎えに行く。
アッシュからのその言葉にうなずき、私は王家の馬車に乗って登城した。
今までに見たコトもないような父の侍女たちが私を父の元まで案内した。
父はダブルのベッドを二個付けたような広いベッドの上で横たわっていた。
私が部屋に入ると、その場にいた侍女や医師たちがさっと室内から出て行く。
「ビオラ」
しわがれた声と、細く血管の浮き出る手が私を傍に招く。
正直、ビオラにとっても父の記憶は多くない。
今までの扱いなど、ぞんざいでしかなかった。
父にとって側妃の娘でしかないビオラなど、コマでしかなかったのだから。
それでもほんの少しくらいは親と子の情はあるのかしら。
その感覚がまだよくわかない。
それでも手招きされるまま、私は父へと近づいた。
顔が見える父の隣に置かれた丸い椅子に腰かける。
すると大きく息を吸ったあと、くぼんだ目がぎょろりとこちらを見た。
病気で公務から離れたとは聞いたけど、こんなに小さくなってしまったのね。
老いなのか、病気なのか。
口を開いた父からは、薬草の匂いがした。
「ビオラ、ああ、可愛いワシのビオラよ。よく来てくれた」
今までそんな言葉をかけられたことなど、もちろん一度もない。
病気になると人は弱くなるらしいって聞いたことあるけど、これもそんな感じなのかしら。
どこか落ち着かないというか、むず痒いというか。
違和感でしかない。
「はい、お父様。お加減はいかがでしょうか」
「どこもかしこも悪いんだ。苦しくって仕方ない」
「それはいけませんね。医者を変えた方が良いでしょうか」
「いや、もうそれはいい。どうせ寿命だ」
話しながらも父は息苦しいのか、何度もその声を途切れさせる。
そして時折、布団の上から胸を押さえていた。
「無理なさらないで下さい。お父様に何かあったら、大変ですわ」
「そう言ってくれるのはおまえだけだ」
「まさか。皆、そう思っておりますよ」
私の言葉に、父は顔を背けた。
仮にもこの人はまだ王だ。
王であるうちは、さすがに手厚い看病もあれば、みんな優しいはずなのに。
でももう兄が次の国王になるのは時間の問題だから、みんな父を見放したのかしら。
だけど仮にそうであっても、それは致し方ない。
最後なんて自分のしてきたことのつけが回ってきたのだから。
「ああ、ビオラ。死にゆくワシは、おまえのことだけが心残りなのだ」
「私ですか?」
「そうだ。おまえを、あんな奴のところに嫁がせたことだけが、心残りでしかない」
父はそう言いながら、声を荒げる。
急に何を言い出すのかしら。
私の結婚は私が望んだことだって知っているはずなのに。
しかも、それが心残りってどういう意味?
父の言葉の意図が分からず、私はただ父の次の言葉を待った。




