閑話 母という定義
落ち葉舞う中庭には、夏とはまた違った木々の葉で彩られていた。
地面に落ちた葉を踏みしめるように歩く二人。
歩くたびに足元の落ち葉はカサカサと乾いた音を立てる。
なんだかそれが余計に楽しく思えて、わざと小刻みに歩いたりしながら隣を歩くバイオレッタを見てルカは微笑んだ。
「この奥で騎士団の人たちはいつも練習してるんでしゅ」
ルカは中庭を抜けた奥にある演習場を指さした。
その大きさは、この広い中庭とほぼ同じくらいあるだろうか。
体格の良い男性騎士たちが木刀で試合形式の練習を行っていた。
「わーーー、すごぉぉぉぉい。公爵家の騎士団の練習のとこって、こんなにも広いのね」
ルカは演習場を眺められる、少し離れた長椅子にバイオレッタを案内した。
騎士たちは見学に来たルカたちを温かい目で見つつも、本来の仕事である鍛錬を怠ることはない。
しかし二人の輝いた瞳と歓声はどこまでも微笑ましいのか、その顔はやや緩んでいる。
「そうなんでしゅよ。ぼくも最近はここで練習してるんでしゅ」
「いいなぁ。あたしなんて、お父さんが基礎の練習させてくれるだけなの」
「でもバイオレッタはぼくなんかより強いでしゅよ」
「まぁね。それはずっと隠れて一人で練習していたんですもん。あたしね、騎士になりたいの!」
まっすぐに夢を語るバイオレッタに、ルカは考える様にやや上を向いていた。
「ぼくは……強い公爵になりたいでしゅ」
「強い公爵?」
「そうでしゅ。悪いヤツからビオラとか、大切な人を守る強いのがいいんでしゅ」
「ふーん」
バイオレッタはルカの言葉に、分かったようで分かっていないような曖昧さのまま頷いた。
そしてそのあと、一度頷いたものの、バイオレッタは黒く長い髪をいじりながらルカに尋ねる。
「ビオラって、ルカのお母さん?」
「え、あ、うん」
「なんでお母さんって呼ばないの? 恥ずかしいの?」
バイオレッタの言葉にルカは固まる。
視線を左右に泳がせ、ややもじもじと手を動かせば、益々バイオレッタはその意味が分からず首をかしげるのだった。
「ビオラは、本当のお母しゃんじゃないんでしゅ」
「本当のって何? 偽物なの?」
「ちがうでしゅ! ビオラは、ビオラは……」
椅子から降りてルカは立ち上がると、ズボンの裾を掴み下を向く。
今にも泣き出しそうなルカに慌てたバイオレッタは、急いでルカに近づき背中をさすった。
「ごめんね。あたし変なこと言ったかな。ルカ、ごめんね」
「……」
ルカはバイオレッタの言葉に答えることは出来ず、ただ首を振るだけだった。
(お母しゃん……お母しゃん……。ビオラはビオラで、でも、でも)
泣き出しそうになるルカの気持ちと呼応するかのように、あれほど晴れていた空には灰色のどんよりとした雲が急激に集まりだし、地面を濡らすのにはさほどの時間もかからなかった。




